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ノヴァリスゲート!  作者: 近衛モモ
贖罪
1/10

私は自分の中で満ち足りている。

 

 森の中のアトリエを、人生の最期の場所に選んだ。


 自分の罪の重さに、耐えられないから。



「まだ着かないのかよ〜。どこまで行く気なの〜。」

 後ろからの気だるい声が追いかけて来る。真冬の森の中。

 季節柄、目の前には裸の高木が立ち並び、その足下に雪が積もっている。

 街外れの森の中を進んでいた。

 勿論、そのうち何処かの道に出るだろうと迷い込んだ上に、宛もなく歩いているわけではない。

 目的があって、ここまでやって来た。

 シャツにブレザー。学生服に手提げ鞄。学校帰りのそのままの格好だ。特に何も必要ないので、鞄の中には授業のノートと教科書、財布、スマホ、少しのお菓子しか入っていない。

「江〜。ちょっと休憩しないかー。」

 文句を言いながら追いかけて来るのは、同じクラスの同級生。どうして付いて来るのか、よくわからない。

 理由を知りたいという興味も沸かない。今は、自分が死んでもいい場所に辿り着くまで、生きているので精一杯だ。

 なんなら、この冷たい雪の上に寝そべって、このまま生き倒れたいくらいだ。

 しかし、それだとすぐに遺体が見つかりそうなので、何処か人の目につかないところまでは、生きて辿り着かなければならない。

 そんなにすぐには見つかりたくない。

 死ぬ時も、死んだ後も、出来れば一人で静かな場所にいたい。

「結構な森の奥まで来るじゃん。もうここら辺で妥協しないかー?」

 彼はいつでも何処でも、こちらの都合のお構い無しに付いて来る。一度、足を止めてジッと視線で返すと、

「ん? どうした、急に見つめちゃって…。そんな迷惑そうな顔で見なくても、自殺を止めたりしないぜ?」

 飄々とした態度で、そんな言葉が投げられた。

「江の考えてることくらいわかるよ!友達だもんな!」

 諦めてまた歩き出せば、同じ距離を保ちながら、数歩後ろを付いて来る。

 あちらは濃紺のダッフルコートに着替えた上、幅広のマフラーにブーツまで用意した気合の入りようなので、この冬の大地でも気軽なものだ。

 ほぼ私服だろ、とツッコミたくなる。

「出来れば他の事で力になりたかったけど、仲間に頼っても、先生に相談しても、お前の抱えてることは解決しないみたいだし。家に行ってご家族と話してみようかと思えば門前払いだもんなー。」

 ザクザク音を立てて霜を踏み、目的の廃屋を目指す。

 資産家の息子が画家を目指して、森の奥に建てたアトリエの廃墟だ。その画家志望の男には金と慢心はあるが才能がなく、志半ばにして、ピカソの失敗作みたいな絵の前で、手首を切ってしまった。

 そんな曰くのある場所だから、お誂えというものだ。

 死という名の贖罪を目前にした人間にとっては。

「江が苦しそうに生きているの、見てるだけで俺も辛いからさ…。死ぬことしか救いがないなら、俺もこれ以上は邪魔しないよ。」

 ようやく目的の廃墟の屋根が、木々の隙間に顔を出した。

 あと少しで、苦しい事は全て終わる。代わりに全てを失うとしても、失くすものすら、この手の中には何も無い。

「だけど、俺はお前のことを、一人にしないからな!」



 死者を入れる棺。

 という形容をして然るべき、横長の箱のような建物だ。所謂、コンクリート打ちっぱなしという外観。

 曇天の下に建つ灰色が、白と黒の混ざり合った、混沌としたこの世界を物語っている。

 こちらも建物の上には雪が乗り、足下は霜という凍てつく仕様になっている。なんなら天然の冷蔵庫だ。

 今から死体になる身としては、すぐには腐りそうになくて安心。腐臭で発見される可能性は低い。

「こーゆー建物って、バブル期あたりに流行ったらしいぜ。築三十年経ってたりしてな。」

 聞いていない知識が披露される。

 タイルも貼らずに風雨に晒されていた所を見ると、建物は劣化が激しいと予想される。

 立入禁止の看板が立っていてもおかしくないくらいだ。しかし、この建物が施錠もされずに放置されていることは、下調べがついている。

「しかし、こんな場所よく見つけたよなー。ネットでそんなこと調べている時間あったら、新しくできたケーキ屋とかリサーチしてくれよ。いつでも誘ってくれていいし。」

 という彼の言葉を無視して、建物の右寄りに位置する入り口へと向かう。

 長方形の穴のように見えた入り口は、入ってみると凹む形でそこにドアがある。ノブを捻ってみると予想通り扉は開いた。

 ステンレス製の扉の先は、薄暗い空間が広がっている。

「うへ〜。なんかでそう。」

 率直な彼の感想は正しい。

 

 

 ここは、心霊スポットだ。



 ネット先生曰く、自殺したという先人、もといMr.画家志望の自縛霊が出るらしい。

 建物の中からうめき声がするだの、建物を撤去する工事を始めようとすると、必ず不幸が起こるだの、という類の症状だそうだ。

 これだけ劣化した建物なら隙間風も通るだろうし、今時は取壊しにも費用がかかるそうなので、現実的な問題ではないかと思う部分も多々あるわけだが。

 いずれにしろ、施錠がロクになされていないのはそういう理由で、要するに管理する人間すら近寄らない場所らしい。

「マジでこんなトコが人生の墓場になるわけ? 」

 という酷評を受けて然るべきだが、今はどうでもいい。

 人生最初で最後の住まいが、郊外にある閑静な森の中の一戸建て物件なら上等な方だろう。

 これでも物件の価値観には覚えがある。どうにか一人で生きていけないかと、物件情報サイトを漁った経験があるからだ。

「それじゃ、仲良く内覧といきますか。」

 彼にポンと肩を叩かれた。

 建物の中へ足を踏み入れる。空気は肌を刺すように冷たく、張り詰めていた。

 心臓の方はというと、落ち着きを払い普段通りの拍数を維持している。贖罪の時を間近に控え、役目を終えつつある安堵からだろう。

 この苦難の旅路は、もうすぐ終わる。

 はずだった。

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