ボランティア
犯罪者の訊問をするのは、軍人や暗部の人間が多い。
厳重に警備された建物の地下へと、ベルンストは案内された。
その顔は大国の王太子として、ユークレナ結社の実状を把握することを最優先としている。
この国のように、若い女性を攫って生け贄と考える人間が自国でも出るかもしれないのだ。
そして、一番に狙われるのはメリーアンジュだ。
「どうやって、あの女性達を集めたのだ?」
訊問官が男に聞いている。
男は答えるはずもなく、虚ろな目をしている。
その様子を後ろの椅子に座り、ムクレヘルム王とベルンストが見ている。
訊問官が男の首に指をあてると、男は悶えだした。
「あの武官は魔術を使います。身体に魔力をあてたのでしょう。」
ムクレヘルム王が説明する。
他国の人間、ましてや王族をここに入れるのは普通ならありえないことだ。
だが、攫われ殺されかけたのがキルフェ王国の公爵令嬢。
現場に現れ、助けたのがキルフェ王国王太子となると、多少の情報提供は必要と判断したのであろう。
「ユークレナ結社は、その存在を許す訳にはいかない。それはお互いの共通認識ということでいいだろうか?」
ムクレヘルム王がベルンストに確認する。
「もちろんです。我が国に潜んでいるユークレナ結社の炙り出しを早々にします」
キルフェ王国でもユークレナ結社の弾圧が必要になるだろう。
ムクレヘルム王国では、先王の弟がこのような事になり、どこまで政治の中枢に入り込んでいるか疑うことからしなければならないだろう。
ロイは情報確認の為にメリーアンジュのいる部屋から出て行った。
残っているのはアーレンゼルとムクレヘルム王国の侍女達だ。
これから、交替でメリーアンジュの側を離れないのだろう。
メリーアンジュはベッドで寝る程ではないが、疲れのせいでソファーに深くもたれかかっている。
アーレンゼルは横目でその様子を確認しながら、手紙を書いている。
王太子の執務室から突如消えたのだ。
王と宰相宛に書いて魔鳥に持たせて飛ばすのだろう。
メリーアンジュの消えたマドラス公爵邸にはすでに手紙を持った魔鳥を飛ばした。
執務机ではなく、リビングのテーブルで書いているのは、メリーアンジュのすぐ側にいたいからだ。
優しい兄上。
メリーアンジュは、アーレンゼルが手紙を書いているのをじっと見ている。
記憶にある限り、いつも自分を守ってくれた。
今回だって、助けにきてくれた。
それはわかっている。
兄もロイもベルンストも、大事にしてくれる。
だが、弊害がないわけではない。
兄には婚約者がいない。深い付き合いの女性もいないようだ。
女性的ではあるが、美しい容姿をしていて、公爵家の嫡男である。もてないはずはない、のにもてない。
付き合う女性総てを、妹と比べるらしい。
妹ならああする、妹はこうだった、果ては妹の次に美しいと誉めるらしい。
小説にあるような恋をしたいと思うが、この兄が引っ付いてくるだろう。
ベルンストとロイも、同じようなものだ。
婚約の打診をされて、何年になるだろう。
今回の件で、さらに私に固執する気がする。
兄達が犯人を捕まえるだろうけど、私もなにか復讐をしたいな。
それにしても、このまま、ベルンストかロイと結婚する。
もしくは、一生結婚せずに兄の側にいる。
こっそりため息をつきながら、メリーアンジュはアーレンゼルを見る。
どれにしても、ボランティアのようだ。
嫌いどころか、好きだ。
ただ、自分の意思で決めるには、なにかが足りない。