女神という存在
「ムクレヘルム王の叔父が、今回の首謀者だと?」
ベルンストは、片眉をあげ動じた風でもなく尋ねた。
ムクレヘルム王も隠しておくのは得策ではない、と思ったのだろう。
「ユークレナ結社、そこに叔父は属していた」
つまりは、先ほどの場所はユークレナ結社の拠点の一つであるのだろう。
魔力を高めることを主として活動している団体であるが、秘密裏にされており、規模も人員も掌握されていない。
危険な思想の団体であると認定はされている。
「貴族の令嬢を含め、突然消える、誘拐される、という事が相次ぎ、軍を中心として警戒体制でいたのだ」
答えはわかっている、あそこで惨殺されて生け贄とされていた女性達であろう。
自分達が行くのが少しでも遅れていたらと、ベルンストは怒りが再燃するようだった。
まだ若きムクレヘルム王が即位する時に衝突があった情報は得ている。
「陛下は隣国の王女を娶ることで、決着をつけ即位したはずだが?」
ソファーの背もたれに深く座るベルンストはムクレヘルム王より貫禄がある。
「それでも叔父は諦められず、大きな魔力を手に入れて王位奪還を願っていたようでした。
ユークレナ結社では、女神降臨により最強の力を得ると言われているのです。
叔父につけている監視から、信じられない報告が届き、叔父の後をつけてあの場所で突入のタイミングをみていたのです。」
ムクレヘルム王は侍従から渡された報告書に目を落としたが、すぐに報告書を閉じて横のテーブルに置いた。
ベルンストもそれに目をやったが、ムクレヘルム王から情報を得られないのはわかっている。
年下ではあるが、聡明な王のようだ。
「あの魔方陣は、見たことのないものでした。」
ベルンストも、台座に描かれた魔方陣に違和感を覚えていた。
ユークレナ結社と、古代魔術は関わりが深い。
元々は古代魔術の研究から発達した組織で、各国にひろがっている。
ただ、私利私欲の為に使われ、法も秩序もそこには存在しない。
そんな集団に、メリーアンジュは女神として呼ばれてしまった。
これからも、狙われ続ける可能性は大きい。
メリーアンジュは魅力的だから、女神と言われても当然だが、これは困ったな。
各国に名を馳せるキルフェ王国の王太子も、メリーアンジュの事だけは溺愛という名の恐ろしい妄想が入る。
間違いではないが、メリーアンジュに対する過大評価が大きすぎる。
「生きて捕まえた人間の訊問には立ち会わせてもらいたい」
微笑みを浮かべるベルンストの顔は、ムクレヘルム王が寒気を感じるほどだ。
「今は、話せる程度に回復魔法をかけています」
しばらく待ってください、とムクレヘルム王が言うのをベルンストは受け入れない。
「回復させる必要はないでしょう。
メリーアンジュがあれほどの目に遭ったのに?
いや、もう一度苦痛を与える、それの方が意味があるのか」
ふむ。と頬に指をあて、ベルンストは言葉を途切れさせた。
「首謀者の公爵は、生きてますか?」
ベルンストが片腕を斬り落とした王の叔父の事だ。
ムクレヘルム王は首を横に振り、報告書を横目で見た。
先ほどの報告書は、公爵が亡くなった報告もあったらしい。
メリーアンジュを狙って魔方陣を発動させたのか、女神を願えばメリーアンジュが呼ばれたのか、その差は大きい。
どうやって口を割らせようか、ベルンストは口元に笑いを浮かべる。
「ご令嬢の気分がすぐれず、先ほどもう一度医師が呼ばれました」
ムクレヘルム王の言葉に、ベルンストが扉に向かおうとする。
「すでに回復され、休養されています。
あれほどの事があったのです、しばらくは興奮状態が続くと医師の診断です」
ベルンストの足が止まり、思い直したように椅子に戻ってきた。
「生き残りを訊問している場所に、私を連れていってもらえますよね?」
ドスンと座り足を組む。
それは、威圧的であり何者にも反論させないと態度が示していた。