ムクレヘルム王宮
ムクレヘルム王宮の客間にメリーアンジュがいた。
ムクレヘルム王の配慮で、王宮に連れて来られ客間を与えられたのだ。
ドレスを着替え、ソファーにもたれてやっと落ち着いたとくつろいでいる。
先ほど、医師の診察も受け、興奮状態にあるものの外傷はないと診断されたことで、周りを安堵させた。
ベルンストは、ムクレヘルム王との会談で部屋にはいない。
ロイとアーレンゼルが、メリーアンジュの向かいのソファーに座っている。
「よかった、アンジュが無事で」
紅茶のカップをソーサーに置いて、ロイがメリーアンジュを見る。
「私達は王宮の執務室にいたのだが、お前の声が聞こえたと思ったらあそこにいたんだ、帯剣していてよかったよ」
執務中に剣を持つことなどしないが、メリーアンジュが消えたとの連絡が入り、剣を手に取り情報を探しに行こうとしていたのだ。
アーレンゼルは、突然変わった景色の中にいた妹の姿に、驚きと怒りで状況確認の前に身体が動いていた。
それは、ベルンストもロイも同じだった。
「私夢中で、お兄様達の名前を呼ぶしか。
まさか、こんなに離れているとは思ってなかったの」
メリーアンジュは、二人に説明をした。
「よく頑張ったね。アンジュ」
茶色の髪に鳶色の瞳、美しい顔立ちで微笑むのはロイ。
軍の参謀として厳しい表情の中でときおり見せる微笑みは、ご令嬢達を虜にしている。
「当然ですわ。私の命がかかってますのよ。
あんな者達を野放しにしているなんて、許せません」
ロイの微笑みはメリーアンジュには無効だ。
「僕達を呼んでくれてよかったよ。
少しでも遅れていたら大変なことになるところだった。」
ロイは冷えたハーブティーを差し出す。
「思い出しても吐きそうですわ。あの部屋の惨状」
そう言いながら、メリーアンジュが口を押さえる。顔色も悪くなってきた。
今さらであるが、思い出す余裕がでてきたら、身体が拒否しているのかもしれない。
「侍女殿!」
ロイとアーレンゼルが飛び上がった。
「アンジュ、吐いてスッキリしてしまえ」
両手の平を差し出すのはロイだ。
ありえない! 絶対に吐くものかと喉をウプウプするメリーアンジュ。
駆けつけた侍女に手をとられ、洗面所に向かうメリーアンジュを、横抱きに抱えたのはアーレンゼルだ。
「侍女殿、案内してくれ」
やめて、余計にお腹が圧迫される。涙目でメリーアンジュがアーレンゼルを睨むが、気がつかない。
大股で歩く男性の歩幅ならば確かに早いが、ありがた迷惑である。
「すまない、心配のあまり気が焦った」
「王宮の執務室で何か聞こえたと思ったら、あそこにいたんだ。しかもアンジュが血だらけで。
冷静でなどいられないよ」
アーレンゼルとロイが、洗面所から戻りソファーにもたれているメリーアンジュに項垂れたように謝っている。
「ありがとうございます」
メリーアンジュが二コリともせず礼を言うのは、怒っている証拠だ。
幼児でも、ここまでの事はされないだろう。恥ずかしさのあまりに憤死しそうである。
「私はもう子供ではありません」
顔を横にツンとそむける。
本当は、助けてくれたお礼を言いたい。けれど乙女の意地が邪魔をする。
「もちろんだとも、だからこそ大事なんだよ。 吐きたくなるのはわかるよ。
あの部屋でよく抵抗できたね。怖かったろう?」
ロイが手をとらんばかりに寄っている。
「ロイ、近い」
ストップをかけるアーレンゼルを横目にみながら、ロイが一歩ひく。
「今頃、ベルンストもムクレヘルム王と話をしていると思う。
そのうち一つは、今から話すことだ」
ロイが、メリーアンジュの横に椅子をもってきて座る。
「どうして、こんな事になったかと言うことだ」
ロイは軍の参謀として他国の情報に精通している。
メリーアンジュが顔をあげ、兄とロイを見る。
アーレンゼルは静かに頷いた。