対面
「まずは、治療の礼を言おう」
ベルンストがヨハネに礼を言う。
魔力のある者のうち、治癒魔術を身につける事が出来るのはわずかだ。
高度な術式と精神の安定が必要だからだ。
特に戦場などの気持ちが高揚する場所で、精神を安定に保つのは難しい。
治癒魔術を使えた者が、ある日突然使えなくなる事はよくあることだ。
従軍治癒士が貴重な理由でもある。
どんな魔術も魔力量によって、威力が違う。治癒魔術も同じである。
ヨハネは何も言わず頭を下げている。
ベルンストを王太子と認識すると、自分達がよく似ていることが不思議であるが、王太子に驚いた様子はなく、平民である神父が聞けるようなことではない。
「少し聞きたいことがあって、ご足労願った」
ベルンストの言葉に、ヨハネも多少は思うところがある。
ロイとアーレンゼルを従え、ソファーに座り腕を組むベルンスト。
ヨハネの報告書には、父王の存在はない。
よほど上手く、下級貴族としてヨハネの母親と会っていたらしい。
子供に父親と同じ名前をつけた、とあった。
ヨハネの名は、父王が騙った名前であった。
「どういった事でしょうか?」
ヨハネは王太子の前に立ったまま、真っ直ぐに王太子を見る。
「実はすでに調べてある。
だが、神父殿からもお聞きしたいと思って。
どういった訳で、アイサイム伯爵領にいるのだろうか?」
ヨハネの魔力は大きいが、父も母も王族のベルンストの比ではない。
だが、遠目で見ればベルンストと瓜二つの容姿は、王太子の姿を知っている人間ならば、悪意も善意も受けたであろう。
「地方の教会を回って、中央に報告するのが私の仕事ですが、アイサイム伯爵領には少し長くいただけです。
伯爵に援助を受けて教会を修復しております。」
ヨハネもベルンストも、こんな答えを期待していないとわかっている。
「ユークレナ結社」
ベルンストの言葉をロイもアーレンゼルも後ろに立って聞いている。
ヨハネの表情は何も変わらないが、黙っていられないと悟ったのであろう。
「殿下は、いろいろご存知のようなので、私の報告など必要ないのではないかと」
隠しても無駄だと、ヨハネは言葉を続ける。
「最初に異変に気付いたのは3年程前になります。
その頃は、アイサイム伯爵領の隣地にいました。
若い平民の女性の失踪が相次いだのです。私が治癒を施した女性も含まれていました。
調べてみると、アイサイム伯爵領では、もっと失踪が多いのに、何の調査もされていないのがわかりました。
平民の女性だからでしょうか、家族からの訴えも無視されているようでした。」
ヨハネの言葉は報告に載っていない事だ。
領主のアイサイム伯爵が関与しているなら、もっと時間をかけて詳しく探らないと出てこないことだろう。
そして、ベルンストもロイもアーレンゼルも女性の失踪に悪い予感しかない。
もし、それがユークレナ結社がしたことならば・・
「初めてアイサイム伯爵にお会いした時に、とても驚いていられた理由が、先ほどわかりました。
私は殿下に似ているのですね。
すぐに教会への寄進の申し出があり、私はアイサイム伯爵領に留まることにしたのです」
アーレンゼルはヨハネの顔の表情、声の抑揚、魔力の変化、虚偽はないかと神経を張り巡らす。
ロイも同じことをしているようだ。
「ロイ」
ベルンストが片手を上げて、呼び寄せる。
さっきまで、殴り合っていたとは思えない親密さでえる。
お互いに信頼があるから、殴り合いがで来たのかもしれない。
ロイはヨハネの元に歩み寄ると、ベルンストから預かった物をヨハネに渡す。
「神父殿」




