メリーアンジュの罠
軍務長官が見たのは、街の背景の中にいる遠征にでているはずのキールッヒ・モーレンシュワルツ第2部隊第3中隊長。
「元より、行動に問題がある人物でしたが、父親がモーレンシュワルツ侯爵で庇護を受けていました」
権力主義の男で、軍でも地位の低い将校などを罵倒していた。
ベルンストの顔を知る中隊長の彼が、神父の顔を見てわからないはずがない。
そして、彼は王位継承権を持っていない。王位継承権はないけれど。王家の血筋を見つけたとしたら。
ユークレナ結社と軍内部のクーデターが繋がっていたとしたら?
その場にいたものが、導き出す答えは同じだ。
記録玉をもう一度、確認してみるとモーレンシュワルツに違いないことが確認できる。
神父が首謀者ではないにしても、担ぎ上げられる存在である。たとえ、本人が望まなくとも。
「神父をしているというのは、正教会と関係があるということだ。すぐに正教会の孤児院や学校をあたらせろ。
母親の名前は、フィーネ・ソレイユ」
王は言いながら、彼女がいなくなった時を思い起こす。
子供の為に逃げたのだ。子供の為に逃がしたのだ。
ただ、幸せを願ったのだ。
「殿下、マドラス公爵令嬢がお待ちです」
深夜になって、私室に戻ると警備兵が来客を告げる。
ずっと部屋で待っていると言うのだ。
あわてて部屋に入ると、ソファーに座って本を読んでいるメリーアンジュがいた。
「おかえりなさい、ベルンスト」
物音で気がついたメリーアンジュが、ツンツンして言う。
「アンジュ、こんな時間までどうしたんだ?」
「待ちくたびれたわ、と言いたいけど、お仕事お疲れ様」
メリーアンジュからツンツンした表情が消え、はにかんだように見える。
「ああ、それでどうしたんだ?」
可愛いな、とベルンストはメリーアンジュの顔を見ていると疲れが薄らぐ気がしてくる。
「ベルンストを誘惑しようと思って待っていたの」
そっとメリーアンジュがベルンストに手を添える。
「下心いっぱいの罠に引っかかると思うのか?」
ベルンストがメリーアンジュの肩を寄せながら言う。
「だって、誰も今どうなっているのか、教えてくれないのですもの。私は当事者でしてよ」
メリーアンジュには、落ち着いてからと誰もいっていない。
ベルンストを誘惑して状況を探ろうということらしい。
「もし、私が王太子でなければ、どうする?」
ベルンストも父王の言葉に衝撃がなかったはずがない。
母親の違う兄がいる。
順番でいけば、そちらが王太子であるが、正妃の息子であるベルンスト以外が王太子になるのはありえない。
「王太子でなければ、なんて考える必要もありません。婚約は解消ですわ」
せめて、考える振りぐらいすればいいものを、メリーアンジュは即答で応える。
「この婚約は、王太子でなれば私を守れないから結ばれたものですもの」
その通りである。
「何があったかは存じませんが、私の婚約者はベルンストだけですから、私を守ってね」
ベルンストがメリーアンジュを抱きしめる。
メリーアンジュにとって想定内なとこである。この男達の過保護はわかっている。
「私は、ベルンストが王太子だから婚約に文句言いませんでした。
ロイやアーレンゼルも、王太子がベルンストだから、仕えようと思っているはずですわ」
「私に兄がいるかもしれない」
メリーアンジュの肩に顔をうずめているベルンスト。
「なんですって!
兄がいても、王太子の地位は守るのよ。
それにしても、陛下にそんなことが…
まさか、ベルンストもそんなことないでしょうね?」
メリーアンジュがベルンストの腕の中から、睨み付ける。
「まさか!
アンジュだけだよ」
他の人に言ってはいけないよ、と釘をさしながら、ベルンストが説明する。
腕の中の愛しい存在を守る為に、王太子の地位に固執する。
それでいいのだと、ベルンストは安堵する。




