女神降臨
メリーアンジュが目を開けたのは、お茶会をしていた公爵邸とは似ても似つかぬ場所だった。
暗く湿った空気で、ここが地下だと悟る。
窓もない部屋は薄暗く、かなり大きい部屋で数人の人間がいるのがわかる。
きっと、こいつらが魔力でメリーアンジュを呼び寄せたに違いない。
ここはどこだろう、きっと兄達が捜してくるだろうが簡単に見つかる場所ではなさそうだ。
「おお、女神の降臨だ」
成功だ、と見知らぬ男達の興奮した声がすぐ近くで聞こえる。
薄暗さに目が慣れて辺りを見渡すと、自分が台座のようなものに乗っているとわかった。その周りを男達が取り囲んでいるのだ。
ギョッとして身がすくむが、女神の降臨と聞こえた、何かの神事だろうか。
大理石だろうか、台座の冷たい感触に頭が冷静になってくる。
「女神の生き血を捧げれば、必ず願いは成就できるだろう」
聞きたくもない言葉がささやかれる。
そして、異常な臭いが鼻につく。血生臭い。
足元の生ぬるい感触に手を伸ばすと、ふにゃとする。
触った手に濡れた感触がある。恐る恐る手を顔の前にもってくる。薄暗がりでもわかるそれは、鮮血。
叫び声さえでない、台座の上で震えが止まらない。
「女神様、どうかじっとしていてください。
すぐに儀式の準備ができますから」
男の言葉に、何の儀式だ、と言いたいが、言ってはならないと頭の中で警鐘がなる。
逃げなければならない、こいつら狂っている、と辺りを確認する。
「最高の血を持つ女神が、やっと降臨された。やはり魔力の強い生け贄が必要だったのだ」
男達の言葉を理解したくないのに、次の生け贄は私だと理解してしまう。
「触らないで!」
この下狼どもが、怯えるばかりの女だと思うな。
メリーアンジュに手を伸ばしてきた男の手を振り払い、メリーアンジュが睨み付ける。
「お前などが私に触れることは許しません」
さすが女神様である。
「なんだと!」
男が台座にあがろうとしてきたのを、メリーアンジュは足元にある生温かい物体を蹴りだして男を近づけさせない。
男が怯んだ隙に台座を飛び降り、走りだす。
この台座にいてはダメだということだけはわかる。これは儀式の台座。
「お兄様!」
喉が痛くなるほどの大声で叫ぶ。
「ベルンスト! ロイ!」
何かに足を取られて転んだ。
床についた手が何かを掴む。
それは生け贄にされた一部。
「きゃあああ!」
許さない、許さない、手に持ったそれを迫る男達に投げ付ける。
メリーアンジュに強い魔力はない。
それでも、こんなところで負けるわけにはいかない。
「女神様、おいたはいけませんね。
大人しくこちらにきてください」
リーダーだろう男がニヤニヤしながら歩いてくる。
地下の部屋から、メリーアンジュが逃げ出せないと、焦りもしていない。
「お前ごときが、触るのを許してなどいません」
お茶会で装ったメリーアンジュのドレスの裾は、生け贄の血を吸って赤い色に染まっている。
錆びた臭いが充満している。
髪飾りを手に取り、後ろ手に握りしめる。
宝石を飾った簪は凶器にもなるのだ。
貴族令嬢としての護身術は身につけている。
薄暗い部屋では、男達もそれに気づかなかったようだ。
部屋の隅にメリーアンジュを追い詰めて、男達の気が緩んだのか、隙ができた。
身をかがめたメリーアンジュが勢いをつけて、男達に突進する。
手に持った簪を男の手に突き刺す。
「ぎゃああ! こいつ!」
手を刺された男が、反対の手でメリーアンジュの髪を掴む。
髪を引っ張られ、走り抜けようとした体勢が崩れた。痛みに声が出る。
「アーレンゼル! ロイ!! ベルンストーー!!!」
力の限りメリーアンジュが叫ぶ。
早く助けに来なさい!