アイサイム伯爵家
アイサイム伯爵家では、急な来客に右往左往していた。
マドラス公爵家嫡男アーレンゼルが、ローラを訪ねてきたのだ。
アーレンゼルは、美貌と言っても過言ではない麗人である。
次期公爵で王太子の信任厚く、文武に秀でており、女性の人気は高い。
極度のシスコンでさえなければ、妹が嫁に行ってしまえば、と令嬢達に思われている。
メリーアンジュが嫁にいけば、アーレンゼルと、ベルンストかロイが超優良物件として結婚市場にでてくるのだ。
そのアーレンゼルがローラを訪ねてきたのだ、アイサイム伯爵は大興奮している。
「伯爵、どうか落ち着いてください。
妹からの手紙を持ってきただけですから。
ご令嬢には、ご心配をおかけして申し訳なく、お詫びをかねて私が来たまでのことです」
アーレンゼルがそう言って、メリーアンジュに書かせた手紙を取り出すが、伯爵が期待しているのはあきらかだ。
「お父様、アーレンゼル様にご迷惑がかかるわ。
メリーアンジュ様に後で笑われてしまいますから、落ち着いてくださいな」
申し訳ありません、と父親をいさめながら、アーレンゼルに謝るローラはしっかりした令嬢である。
孤児院でうっかり口をすべらすような事は想像できない。
やはり、故意に話したということだろうか、とアーレンゼルは観察している。
この部屋の調度品は華美すぎることもなく、使用人も教育が行き届いている。
伯爵自身も好感をもてる人物であり、とてもユークレナ結社と繋がっているとは思えない。
どちらかといえば、利用されているというのなら納得できるかもしれない。
「ローラ嬢、妹はしばらく療養が必要なのです。
ケガなどはないのですが、ショックが大きく静かな生活をさせてやりたい。
もしお願いできるなら、妹に手紙を書いてもらえませんか?」
「アーレンゼル様、もちろんですわ。
しばらくお会いできないのなら、手紙を書かせていただきます」
アーレンゼルはアイサイム伯爵家の報告書を思い出しながら、話を続ける。
少しでも情報をひきだしたい。
「そういえば、領地で教会を建てているとお聞きしました。
ご令嬢も教会で奉仕されていて、信心深いことですね」
わざとらしくない程度に笑顔をつけて伯爵を見る。
ローラの隣の椅子に座っている伯爵が、不思議そうに答えた。
「よくご存じですね」
領地のことなど、調べないとわからないだろうということだ。
「教会の建物が好きでして。
身廊や、天井の装飾など、建築の美しさに見とれます。
新しい教会を建てると聞くと、礎とする石だとか様式だとか気になるのです。
新築されることが少ない建物ですので、教えてもらったのです」
アーレンゼルは、ユークレナ結社との関連を考えるが、それは表にはださない。
メリーアンジュが召喚されたのも、ムクレヘルムの古い教会であった。
「あそこは元々古い教会があったのを手直ししているのです。
立派な神父様がいらっしゃるので、不自由のないようにさせていただいているのです」
ははは、と笑いながら伯爵が言う。
「それでは、完成したらご招待しましょう。
王都の豪奢な教会に比べたら、がっかりされるかもしれませんが、田舎の自然に合うように装飾する予定です」
「それは楽しみです」
伯爵が、立派な神父という人物。
アーレンゼルは、すぐに諜報を差し向ける必要を感じていた。
アーレンゼルが伯爵、ローラと話をしている間に、アーレンゼルが乗ってきた馬車の御者や警備兵は、屋敷の使用人に情報を得たり、屋敷の周りの様子を見回っていた。
彼らも御者に扮した諜報兵である、時間を無駄にはしない。
国内でユークレナ結社の有力な情報が少ない今、アイサイム伯爵家は、最重要警戒なのだ。
いつも誤字報告をいただき、ありがとうございます!