ローラ
アイサイム伯爵令嬢ローラは、慈悲深い令嬢と有名であった。
街の孤児院に奉仕で通っていた。
教会に子供達を集めて、字を教える活動にも参加している。
「孤児院の子供が聞いていたのです」
報告があがってきたのは、すぐの事だった。
再度招集された会議には、わずかの間に驚くほどの情報が集まっていた。
アーレンゼルが囮になった成果が出たということである。
「『お友達のマドラス公爵令嬢が突然消えてしまったのは、彼女の生き血がどんな願いでも叶う事を知っている人に攫われたようなの』そう言って孤児院の下働きの人間に不安を訴えていたらしい」
情報をもってきた軍人は続ける。
「2日後には『無事に戻ってきたの。心配かけてごめんなさい。もうすぐ王宮からマドラス公爵邸に戻るはずだから』というのを別の孤児が聞いています」
メリーアンジュが生け贄にされかかった事は、極秘であり、ここにいる人間しか知らないはずだ。
もし、他に知っているなら、それはユークレア結社からの情報を知っている者である。
「孤児院の下働きから、情報は下町に広がり、襲撃に発展したと考えられるな」
王の言葉は、皆が考えている事と同じである。
アイサイム伯爵令嬢は、ユークレナ結社の構成員か、もしくは深い関係がある。
「では、メリーアンジュ嬢が消えた茶会に出席していたという事も意味があるのだろうか?」
軍務長官の問いかけに答えたのは、報告中の軍人ではなくマドラス公爵だ。
「茶会では、怪しい行動をとる者はなく、娘の消えた後は綿密な取り調べを全員に行い、そのうえで帰宅をさせたのです」
「私は、メリーアンジュが拉致されたことは、きっかけに過ぎないと思うのです」
ベルンストが、皆を見ながら発言する。
「もし、メリーアンジュを手にしたムクレヘルムの公爵が蜂起したとしたら、王位をめぐり、ムクレヘルムは内乱状態になる。
それは、隣国である我が国も静観できるものではない。
すでに、下層市民達に情報伝達するシステムができていたとしたら、隣国の内戦に合わせ、我が国で暴動を狙っていたのかもしれない。
馬車を襲う群衆が、わずな時間で集まっているのを考えると、そう思いませんか?」
ベルンストの意見は仮説にすぎないが、ユークレナ結社ではなく下層市民が馬車を襲撃してきたことが、すでにユークレナ結社に陽動されているということである。
それは、暴動を起こすために用意されていたものではないか。
ロイが深く頷く。
「ムクレヘルムの公爵は、偶然にも力のありすぎる女神を召喚した、それがメリーアンジュだ。
女神は僕たちを呼べるほどの力があった。
それはユークレナ結社にとって誤算だったのでしょう」
メリーアンジュが呼ばれたのは偶然か、故意かはわからないが、暴動を起こそうとしていたのは明確であろう。
ユークレナ結社は、キルフェ王国を狙っている。
つまり、アイサイム伯爵程度ではない人物が関わっている可能性が高い。
王やベルンストに何かあった時に、王を継げるだけの血筋の人間がユークレナ結社の構成員であるということだ。
「アイサイム伯爵令嬢を連行するのは容易い。
だが、それで黒幕をはくかな?」
アーレンゼルの問いかけに皆が、わかってはいないであろうと返事する。
「今度は、伯爵令嬢に囮になってもらいましょう」
ニッと口のはしを持ち上げたのはアーレンゼル。
「何も知らない様子で、私が近づきましょう」
ローラをしばらく自由にさせて、黒幕にたどり着こうと言うのだ。