追跡
馬車の襲撃は、すぐに王宮に伝えられた。
馬車の部隊とは別に、隠密部隊も動いていた。馬車が襲われたら、逃げた犯人を追う役である。
今回の襲撃は、ユークレナ結社の人員が直接襲ってくるのではなく、貧民達に襲わせるというものだった。
マドラス公爵令嬢の血は願いを叶える力がある。
まこと密やかに人々の間に流れた噂。それもムクレヘルム王国から戻ってくるわずかな間でだ。
市民の中でも下層労働者を扇動している。
当然といえば、当然なのだがそこに情報を流せる者がいるということだ。
隠密部隊は、犯人だけでなく周りで見ていた市民も見張っていた。その中に怪しい者はいないか。
襲撃事件が起きると、巻き込みや、目撃者になる事を恐れ、市民は建物の中に避難することが多い。
逃げ遅れたのか、貴族の令嬢らしき若い女性が建物の影から見ていた。
ロイ達が暴徒を制圧しようかという頃になって、建物の裏に止めてあった馬車で走り去ったのを隠密部隊が監視して、後を追った。
その馬車はアイサイム伯爵の屋敷に入った。
馬車に乗っていたのは、ローラ・キレイヌ・アイサイム伯爵令嬢。
メリーアンジュが消えたお茶会に来ていた友人である。
その報はすぐに、王宮に待機していたベルンストや上層部に伝えられた。
ローラはメリーアンジュの友人として、兄達の目に適った令嬢である。
アイサイム伯爵家は財政も健全、伯爵も実直な人間であり、ローラは控えめで派手を好まない性格であった。
「偶然ではないのか?」
ベルンストにしても、ローラの調査書は目を通した記憶がある。
たまたま、街に来ていて襲撃に出くわし逃げ遅れた。
ありえなくはないが、襲撃に巻き込まれない距離をとった位置で、すぐに逃げることもなかったという報告に不信が生まれる。
もし、ローラが関係しているとしたら、メリーアンジュがショックを受けるだろうと思う。
「殿下、すでにアイサイム伯爵邸を探らせております」
軍務長官はすでに、それ以外も手を打っているらしかった。
「ローラ嬢の行動も調査にまわしました。
この2~3日の貴族令嬢の素行なら、すぐにわかるでしょう」
財務長官はアイサイム家の財政状況の調査を部下に指示していた。
ユークレナ結社に繋がる可能性のあるものならば、と全員が動いている。
アーレンゼルはマドラス公爵邸に着くと、ドレスを脱いで登城する準備をしていた。
襲われた後、アーレンゼルと数名の護衛騎士がマドラス公爵邸に戻ったが、騎士達はすぐに王宮に引き返した。
母であるマドラス公爵夫人は、メリーアンジュを訪ねた後は王宮に保護されており、公爵邸はわずかな使用人と護衛兵がいるのみである。
父の公爵は、王宮の執務室に籠ったままである、当分は屋敷に帰ってこないであろう。
先に王宮に戻った兵達が捕まえた暴徒達に尋問を始めているだろう。死体の処理も逮捕者もそうとうな数になる。人手はいくらあっても足りない。
アーレンゼルは単騎で王宮に向かった。
アーレンゼルは文官であっても、武官同等に剣も魔術もできる。
ベルンストとロイ、二人に付き合うと、武力がなくてはならない。
王宮に向かう途中で、現場を通りかかる。
兵士達が遺体を処理していた。
荷馬車に無造作に積み上げている。
それを遠巻きに市民達が見ている。中には知り合いや家族がいるのだろうか。
涙を流しながら、それを見ている。
「誰か、神父を呼んできてくれ。
簡単な弔いをしてもらおう」
アーレンゼルは馬を止め、降りると、見ている市民に声をかけた。
それと同時に、兵士達も止める。
「長官から言われているのだろうが、少し待ってほしい。
重罪人ではあるが、おびただしい数だ。
国民として弔ってやりたい」
アーレンゼルの言葉に兵士達も手を止める。
この現場にいるのは、貴族の兵士よりも平民の兵士達が圧倒的に多い。
アーレンゼルが遺体を集めるのを手伝い始めた。
決して許されない行動であったが、国の政策の恩恵にあずからない最下層市民は、生き血を得れば全てが叶うと思ったのだろうか?
アーレンゼルは、自分達の世代には国民をもっと豊かにしたいと思うばかりだった