表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
性格の悪いお嬢様  作者: violet
16/54

ロイの涙

アーレンゼルを乗せた馬車は、王宮を出てマドラス公爵邸に向かった。

厳重な警備は、そこに公爵令嬢が乗っていると思わせるに十分だった。

馬車の窓からは、美しい横顔の令嬢が見える。


馬車の横に騎乗したロイが並走する。

窓から見えるのは、よく似ているがメリーアンジュではない。

メリーアンジュを守る為とわかってはいても、悲しみが止まらない。


王家相手に不利はわかっていた。

だが、マドラス公爵が娘に王妃の苦労を厭った為に、ボーデン公爵家と王家は甲乙つけがたい嫁ぎ先であった。

可愛いアンジュ、どんどん綺麗になって目が離せなくて、惹かれて。

10年の恋は叶わなかった。それでも恋は終わらなくて。

ここで自分が死ねば、アンジュは自分だけの為に泣いてくれるだろう。

(あらが)(7がた)い甘い魅力。


ベルンストと誓った言葉が甦る。

ずいぶん昔に、お互いに誓った。どちらかしか選ばれない。それでも共にいようと、国の為に尽くそうと誓った。


ベルンストはいい奴だ、立派な王になるだろう。

自分はそれを支えたいと思う気持ちに嘘はない。

それでも、涙を止めることができない。時が過ぎれば終われる気持ちなのか、今はわからない。

馬に揺られながら、流れる涙を隠す。


メリーアンジュはどちらも選ばなかった。

未練がましいとは、わかっている。

メリーアンジュが選んだのではないのだ。

マドラス公爵の意が大きいだろうが、議会が王太子の婚約者としてメリーアンジュを選んだ。

王宮がどこよりも警備が強く、魔力による防御も高い。

メリーアンジュに生きて欲しいと願う。



何より大切だから。

誰よりも幸せになって欲しいから。

誰よりも幸せにしたかった。

自分が泣いていれば、メリーアンジュが悲しむ。

自分を想って、メリーアンジュが悲しむのが嬉しく辛い。


馬車の窓から、アーレンゼルは無表情に馬を走らすロイを見ていた。




予想どおり、馬車は賊に襲われた。

そんなことは想定のうちだが、予想外のことがあった。

賊の数が多い、100人ではきかないだろう。

傭兵が雇われているというよりは、貧民層の人間が集まっているような感じだ。


手に持つ武器は、剣の者もいれば、ただの鉄の棒の者もいる。魔法を使える者は多くないだろう。


「女神の血だ」


「どんな願いでも叶うんだ」


「生き血だ」


聞こえてくるのは信じたくない言葉。

底辺で生きている者達には、希望の言葉だとしても尋常ではない。


「容赦はいらない!

死ぬ気で来ている、手加減するとやられるぞ!」

ロイが叫ぶ。

我が国の国民なのだ、それを手にかけないといけない。

ユークレナ結社が流した情報に操られているとはわかっているが、それでも人間としての一線を越えてしまった人々だ。

貧しい生活は国にも責任があるのかもしれないが、今はそんな余裕はない。


いくら精鋭隊といえど、群衆といえるほどの数の多さに苦戦する。

各々が防護の魔法をかけ直しながら、剣を振る。

馬車の中から、アーレンゼルが魔力を飛ばして暴徒を撥ね飛ばす。


数で馬車にたどり着けるなどと思わせてはいけない。

同じような輩を出さないように、絶望を与える。


「女神を寄越せ!!」

人々が、叫ぶ。


ユークレナ結社の人員はどこかで見ているのかもしれない。

人々が欲にまみれ、混乱し、争乱を起こす様子を。

最終的にメリーアンジュを手にいれる為に、人々を迷わせる甘言を与えたのだ。



ロイは群衆の中に入っていき、剣を振り下ろす。

涙が止めどなく流れている。

国を守る為に、国民を斬っている。

豊かな国を願い、鍛練してきた。


ユークレナ結社、必ずつぶしてやる。

メリーアンジュの為に。

国の為に。

自分の為に。


よくも、僕に民を斬らせたな。



どんなに数が多くとも、統制もとれていない暴徒では、勝ち目はなかった。

マドラス公爵の家紋の入った馬車の周りには、数えきれない(むくろ)

兵士達もロイもアーレンゼルも身体よりも心の傷から血と涙が流れていた。

誰も何も言わない。

言葉がみつからない。


馬車の扉が開き、アーレンゼルが降りてくる。

アーレンゼルは骸を踏まないように、ロイに近づく。

ドレスの裾が埃と血に染まっていく。

それを見て、ロイから、あ、と言葉が漏れる。


アーレンゼルは返り血で血塗れのロイを抱きしめる。

「ロイが、一番優しいとわかっている」

そっとアーレンゼルが(ささや)く。


「あああああ!!」

獣のうなり声のようなロイの嗚咽が響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ