陽動
「当り前だ。我が国の公爵令嬢を2度と攫わせたりさせない」
絶対に王宮から出るなよ、とベルンストが言うのを頷いて返事する。
「ユークレナ結社の全容はつかめてはいないが、表面上は慈善団体としている拠点もある。内部ではそれだけではないだろう。
そこから、隠された拠点や動きを探っているし、情報も得ている。
ムクレヘルム王国のユークレナ結社の壊滅的な打撃で、我が国をはじめ、不穏な動きがあることの連絡を受けている」
ベルンストの説明を、メリーアンジュは目をそらさずに聞いている。
「すでにアンジュが女神として召喚された情報は知れ渡っていると、考えられる。
アンジュを手に入れれば、大いなる力を得られると思う狂信者がいるということだ」
「私がアンジュになりすまし、囮となり王宮から出る。
アンジュは決して姿を見られることなく、おとなしくしていて欲しい」
マドラス公爵家の馬車で屋敷に戻るのを、アンジュに扮して囮になるという。
顔はよく似ているし、髪の色も同じだが、男と女では体格も違う。
「お兄様、危険だし、ドレスを着たとしてもお兄様の方がずっと背も高いわ」
「アンジュと比べるからそう思うだけで、比べる者がいなく遠目からならば、わからないさ」
「僕も密かに馬車に潜むことにしている。あいつらは焦っているはずだ。早急に動いてくる。
何より、アンジュが外に出るまたとないチャンスを狙う可能性は高い」
ロイが心配するなとばかりに、笑顔を見せる。
「昨夜の会議では、アンジュの保護の強化も話された。
今の客間より、私の部屋の方が魔術に対する防御力が高い。私の部屋の続き部屋に移ってもらう」
ベルンストが決定したことだ、と言う。
婚約者の部屋に移るのが、会議で決められるなんて・・・メリーアンジュがちょっとがっかりする。
ベルンストの愛情を疑うわけではないが、もうちょっとロマンチックにと思う。
返事をしようとしたけれど、同じように求婚をしてくれていたロイも、この場にいると思うと、なんと答えていいのかわからない。
ベルンストもロイも見れないで俯くメリーアンジュ。
「じゃ、僕たちは用意をしてくる」
そう言って、ロイとアーレンゼルが部屋を出て行った。
「アンジュ」
扉が閉まると、ベルンストがアンジュの手を取った。
「絶対に守る」
「ベルンスト」
ただ、嬉しいと思った。頬が熱を持つのがわかる。
「これを着て」
長い男性用のローブを被せられ、そのまま王太子の部屋に案内された。
侍女と警護はすでに部屋で待機していた。
メリーアンジュを侍女にわたすと、ベルンストは戻っていく。
ドレス姿のアーレンゼルをベルンストはエスコートして馬車寄せに向かって歩いていた。
アーレンゼルは男性の隠すようにコートで身を包んでいる。
人目を引くように、王宮の中を歩く。
馬車の御者も従者も軍の精鋭部隊だ。
ベルンストが一緒に行くことはできないが、ロイも警護兵に扮して紛れている。