婚約した一日
全然、魔力が使えない。
思い知らされるばかりのメリーアンジュであったが、ブリニアは根気よく指導を続けた。
見ている侍女のセリナの方が根負けしそうであった。
「1日で結果がでる人などいません」
ブリニアは、メリーアンジュを励ますつもりで言葉にした。
「当り前ですわ。しばらく通いますわ」
キッと眉をつりあげるメリーアンジュ。
あ、と小さな声がしたかと思うと、メリーアンジュが続ける。
「貴女のお仕事の支障になるのは、悪いと思っているわ。ベルンストに言っておくから、その、お給金とか、時間とか」
ツンと顔を横向けて、偉そうな言葉つかいだけど、言っている内容はブリニアを思いやっている。
美しく妖艶な容姿で、戸惑いながら言葉をつむぐのは可愛いとしか思えない。
ブリニアとセリナが顔を見合わせて、笑うのをこらえる。
王太子殿下やボーデン参謀の求婚は有名であるが、その訳がわかる気がする、と二人は思った。
「メリーアンジュ様、何か媒体が必要なのかもしれませんね」
ブリニアは魔道具の事をさしたのだが、メリーアンジュは違う。
自らの血だ、生け贄となり流れる血。
「自分の力だけで、魔力をひきだしてみせます、きっと」
でも、もしまた同じような事が起こったら?
ちょっとケガして力が使えるなら、その練習もした方がいいのでは?
命とケガを計りにかけたら比べるまでもない。
メリーアンジュに来客の連絡がきて、練習は翌日になり、メリーアンジュは与えられた客室に向かった。
メリーアンジュの母の公爵夫人ローズが、メリーアンジュに会いに来ると抱きつき泣かれた。
「もっとよくお顔を見せて。ケガは? 怖かったわね」
「心配させてごめんなさい」
「お母様、それは?」
たくさんの荷物が運び込まれるのを、メリーアンジュは茫然と見ていた。
「貴女の婚約が決まり、王宮で暮らすようになったと聞いたわ」
少しふくよかになったが、アーレンゼルとメリーアンジュによく似たローズ。
どうやら、マドラス公爵から会議が長引き帰れない、と連絡があったらしい。
娘の帰りを待っていたローズだが、それならと王宮に来たのだ。
公爵邸に戻ってきてほしいが、安全の為と言われるとどうしようもない。
ローズが帰った後、メリーアンジュはベルンストを待っていた。きっと部屋に来るだろう。
いろいろ聞きたい事がたくさんある。
待って、待って、日にちが変わろうとしている。
「何やってるのよ!バカ、バカ!」
文句を言いながら待った。
はー、とため息が出る。
きっと会議が長引いているのだろう。だから、屋敷に帰る予定の自分が帰れなくなったのではないか。
もう、寝ちゃおうかな。
ベッドに入っても、寝れる訳ではなく、どこかでベルンストを待っている自分がいる。
ふー、またため息がでる。
「婚約初日に、婚約者に会いに来ないって、どういうこと?」
ゴロンとベッドの上で寝返りをうつ。
「魔術の事も聞きたかったし、どうなっているのかも教えてほしい」
全くだ、と思う。
「だいたい、私は当事者よ。当事者抜きで決めるってどういうこと!?」
全然眠れそうにない。
「そうだわ、ブリニアの事を言わないといけないわ。仕事をさぼったと思われたら大変だもの。
だから、ベルンストを呼んでもいいわよね?」
誰もいない寝室で質問しても答える人はいない。
ベルンストを呼ぼうと思っていると、部屋の外が騒々しい。
来た、来た。
あわててベッドに潜り、寝ているふりをする。
ガチャ、扉の開く音がして入ってきたのは、ベルンストだけではない、アーレンゼルとロイも一緒だ。
「こんな深夜に女性の部屋に行くべきではないよ」
ロイの声だ。
「アンジュにおやすみを言わないと一日が終わらない」
そういえば、アーレンゼルには毎日、おはようとおやすみを言っていた。
「ロイそう言いながら、一緒に部屋に入っているんだ、同罪だ」
ベルンストだ。
3人揃っているということは、今まで会議だったのだろうか。
来るのが遅いといら立っていたメリーアンジュの気持ちが落ち着いていく。