王への拝謁
ベルンストの魔力が張り巡らされた馬車は、無事にキルフェ王宮に着いた。
戻ってきた、という安心感で力が抜けそうなメリーアンジュであるが、公爵令嬢として失態を見せるわけにはいかない。
馬車の中で背筋を伸ばし、ドレスの裾を確認する。
表情もいくぶん引き締まり、目付きも変わる。
そうなると、美し過ぎる顔が怖いような印象になり、よく似た顔のアーレンゼルは女性受けがいいが、女性のメリーアンジュは女性から一線をひかれるようになる。
「無理することはないんだよ?」
アーレンゼルがメリーアンジュに尋ねるが、メリーアンジュは首を横に振る。
「私は、マドラス公爵令嬢ですわ」
メリーアンジュの矜持である。
馬車の扉が開けられ、ベルンスト、ロイ、アーレンゼルと降り、アーレンゼルが最後に降りるメリーアンジュに手を差しのばす。
侍従に先導され、向かうは王の謁見室である。
今回は、国を揺るがす程の大事件なのだ、すれ違う人々の顔も厳しい。
白昼、マドラス公爵令嬢の誘拐、ベルンスト王太子達の他国への転位、生け贄をする狂信的な結社。
すでに魔鳥を使って連絡をしており、王太子が身につけていた記録玉を送ったことで、転位した状況も詳細に確認されたはずである。
王をはじめ、国の幹部と言える者達が、メリーアンジュが捕らわれていた状況を見たということである。
その中には、メリーアンジュの父であるマドラス公爵もおり、怒りは凄まじいものであった。
メリーアンジュが謁見室に入り、王にカーテシーを終えると宰相であるマドラス公爵が駆け寄ってきた。
部屋の中には、国王と宰相、各大臣、将軍が揃っていた。
「よく無事で戻った、よく頑張ったな」
そして、ベルンストに礼をする。
「殿下、ありがとうございました。家の者から娘が消えたと連絡があった時は、こんなに早く取り戻せるとは思えませんでした」
マドラス公爵は、ロイとアーレンゼルにも声をかける。
公爵はメリーアンジュを侍従が用意した椅子に座らし、王に礼をする。
「陛下、娘が戻った喜びのあまり、出すぎてしまい申し訳ありません」
「よい。ここにいる皆が、我が国の公爵令嬢拉致には憤りを感じている、私もだ」
ベルンストが王の横に立つ。
ロイとアーレンゼルは王太子の側近として執務しているが、軍事参謀、内政次官という地位であるので、将軍と宰相の隣に立つ。
ロイの父親のボーデン公爵は外務大臣として謁見室にいる。
「魔鳥で連絡を受けてからの会議でいくつか決まったことがある。
記録玉の内容は衝撃的なものであった。
メリーアンジュ嬢の魔力は、他人に与えるというものであったのだな。それは大きな脅威だということだ」
王がメリーアンジュが攫われた意味を確認するように言う。
ベルンストは表情を変えないが、王の言わんとする事がわかるかのようにロイとアーレンゼルは顔をあげる。
これからも、メリーアンジュはユークレナ結社に狙われるだろう。
メリーアンジュの魔力を知ると、他にも狙う者が出るかもしれない。国の威信にかけて、公爵令嬢が2度も攫われてはならない。
兵による警備も、魔力による防御も1番優れているのは王宮だ。
メリーアンジュを王宮で保護するのが1番安全である。
そして、メリーアンジュの膨大な魔力を王族に与えれば、国家安定になり、他国への牽制になる。
それは、言われずとも3人はわかっていた。
メリーアンジュの力がわかった今、以前のようにはできない。
メリーアンジュの気持ちを待っていた。だが、今は命がかかっている。
やっと、意識してくれるようになって、可愛い表情が見れるようになったのに。
「王太子ベルンストとマドラス公爵令嬢メリーアンジュの婚約を、王命として言いつける。
式は半年後とする」
王の口からでたのは、決して翻す事のできない王命。
会議で決められたことなのだろう。
そこには、マドラス公爵もボーデン公爵も出席していたはずだ。そのうえで決定したことだ。
表情を変えないベルンスト、青い顔のアーレンゼル、俯いたロイ、メリーアンジュは父親を見上げたが諦めたように前を向いた。
「謹んでお受けいたします」
応えたのはマドラス公爵である。