公爵令嬢メリーアンジュ
素直でないメリーアンジュが、男達を振り回しながら自分を狙う者と対峙していきます。
残酷な表現があります。
よろしくお願いします。
「アンジュは可愛いな」
「まったくだ、公爵も早く諦めてくれればいいものを」
王宮の執務室でキルフェ王国王太子ベルンストに、側近のボーデン公爵嫡男ロイが書類を整理しながら答えた。
呆れて聞いているのは、メリーアンジュの兄であるマドラス公爵嫡男アーレンゼル。
王太子ベルンストと参謀ロイ、内政担当アーレンゼルは才覚溢れる人物であったが、3人共婚約者が決まっていない。
どうやら、先日の夜会でのメリーアンジュの事を言っているらしい。
アーレンゼルがメリーアンジュをエスコートしていたのだが、まだ初々しいというか、夜会に見慣れない令嬢がいたのだ。
たしか男爵令嬢だったと思いだす。
エスコートの男性と離れたのだろうか、一人で立っていた。
王宮の豪華な夜会に気後れしたのだろうか、見るからに不安げであった。
「私とあちらで話でもしませんか」
声をかけていたのは、女性に良い噂のない伯爵だ。
「あの、父にここで待つように言われているので」
どうやら、父親のエスコートで来ているのだとわかる。
「じゃ、一緒に待っていてあげるよ。それまで少し話をしよう」
そう言って令嬢の腰に手を回し、テラスの方へ向かおうとする。
驚いて声もでないのだろう、抵抗する前に歩みを進められていく。
ドン。
「まあ、なんてことを!」
ワイングラスを持った絶世の美女と呼んでいいメリーアンジュがいた。
伯爵は、公爵令嬢の顔を見ると、あわてて逃げ去った。もちろん男爵令嬢を放り出して。
「あれ、きっと伯爵に、ワインをかけようとしてたんだろ」
「かける前にぶつかられて、逃げられたなんて」
ははは、とベルンストとロイ苦笑いしている。
「素直に、女の子が嫌がっている、と助ければいいものを」
「いや、アイツはまだ酒を飲めないから、ジュースだろう」
アーレンゼルが可愛いよな、と笑う。
赤い唇、長い睫毛に縁取られた大きな瞳に白い肌、装飾は少ないが生地の豪華さを強調したシンプルな赤いドレス、それで飲むのがジュースなのだ。
父親に止められている、それを守っているらしい。
「さすがは、私のアンジュだな」
ロイを睨むようにベルンストが言う。
「王太子妃などと苦労の多い者になる必要はありませんよ。公爵夫人として僕が大事にしますから。
ベルンストは、他国から国の為になる姫君と政略結婚するべきです」
ロイも相手は王太子というのに怯んではいない。
「ロイこそ、家の安定の為に派閥の令嬢がいいのではないか?
メリーアンジュは次期王妃として私が幸せにする」
妹を巡って、ベルンストとロイは、幼い頃から争ってきた、とアーレンゼルは思いを巡らす。
兄であるアーレンゼルから見ても、ひたすら一途に妹だった。お互いを競い合い、二人は全てにおいてライバルで他者が追随できないほどの能力を身につけた。智力、武力、魔力共にだ。
そして、無二の親友となった。
父であるマドラス公爵も、妹の婚約者を決めかねている。
王家とボーデン公爵家から申し込まれているせいだけでなく、嫁にやりたくないようだ。
二人の存在は、メリーアンジュを他の男からは敬遠させ、女からは嫉妬されるという構図ができあがった。
しかも、美貌の公爵令嬢で、次期王妃かもしれないと教育もされ、高慢に育ってしまった。
王太子と公爵嫡男を手足のように使う事が、身に付いてしまったせいでもあるだろう。
高飛車な物言い、強力なバックを自慢気に態度も性格も悪い。
なのに、時々、失敗している。
「うちの妹は可愛いですからね。
あの夜会で、ドレスにワインがかかっているのに気がついたのですよ。
帰ってから、メイドに染みを落とすようにと、偉そうに指示したのですが、メイドがさがってから、明日でいいと慌てて言いに行ってましたよ。」
ベルンストとロイの笑い声が響く。
だが、メリーアンジュも18歳、いつまでもこのままという訳にもいくまい。
メリーアンジュ自身が選ぶという事になるのだろうが、この二人から選ぶことが出来るのだろうか。
妹は、この二人が近すぎて兄のようにしか思っていないようである。
出来れば、穏便にどっちかに恋愛して収まってほしい。
間違っても、王家と公爵家で争奪戦などごめんである。
一番恐ろしいのは、妹が他の男性を選んだ時だろう。地獄絵図が頭に浮かぶ。
「今日は、数少ない友人の御令嬢達とお茶会だそうですよ」
アーレンゼルが、兄の特権とばかりにメリーアンジュの予定を話す。
メリーアンジュの友達を数少なくしている要因は、メリーアンジュの性格もあるが、それよりこの兄達に因るところが大きい。
ベルンスト、ロイ、アーレンゼルのチェックが入るからだ。
屋敷で開いたお茶会で、メリーアンジュは違和感を覚えた。
青空が広がり、テラスにテーブルを持ち出してのお茶会は風が気持ちいい。
なのに、耳鳴りがする、それは段々大きくなり・・
「メリーアンジュ、どうしたの?」
友人のローラが様子が変だと声をかけてきた。
「お嬢様?」
侍女のブリジッドも心配して、別の侍女に家令を呼びにやった。
キーン・・
辺りがまばゆい光に包まれた途端、メリーアンジュの身体は吸い込まれるように消えた。
キルフェ王国、マドラス公爵令嬢メリーアンジュが消えた瞬間であった。