動き
三枝は仕事部屋へといった。デスクとノートパソコンのほかに棚には調べた資料が置いている。使っている資料はデスクに散らかったままだ。スクリプトではない別の出版社からの依頼の小説を書いている。出版社がちょうど何周年か迎えるのでそれを祝うためとは言わないが、そのために本を書いてくれと言われたのだ。祝いらしくと思ったりしたが、何処まで自分らしくかけるか期待が持てないままだった。書き進めると違うと思った。いつの間にかそのように書かれている。手法も少し変えてみた。飽きさせないことも重要なのだ。資料を見ながら書いていると携帯がうるさく鳴り響いた。
「もしもし。」
「あぁ、三枝先生。澄川書店の橋倉です。小説のできをお聞きしたいと思って連絡した次第です。調子のほうはどうですか?」
心配そうな言葉がにじみ出ている。澄川書店というのは大手の出版会社でスクリプトの比にならないくらい大きな会社である。そこの編集者をしている橋倉も中途ではあるが、入ったという凄腕だ。
「いいですね。終盤に突入しているところです。締め切りには間に合うと思いますので、よろしくお願いします。」
「キチンと守っていただけてありがたいです。それと先生に対談の申し出を受けているのですが、どうしますか?」
「受けますよ。いい刺激になりますから。」
「わかりました。そのように担当者にお伝えしますので、たま折り入ってお電話いたします。」
そういって橋倉は切った。対談をするのは大手の出版社経由が多い。週刊誌であったり、雑誌であったり、扱っているものが多いほどということなのだろう。いったい誰と対談なのかは書き終わった時に思ったりするので、今は邪見にしかならない。橋倉という編集者に会ったのは大学を卒業して就職して直後だった。全く関係のない仕事をしていたが、そこでのできが認められてヘッドハンティングされた形だ。聞くところによると、ヘッドハンティングをされた会社が橋倉がいなくなるを止めようとしたらしいが、金には勝てなかったといえる。条件を積み上げるだけだったと本人が笑い話をするように言っていた。橋倉は文芸に来て三枝の担当になったのだ。書いているときに様子を聞くために電話をするのは欠かせないことなのだ。パソコンに打ち付ける文字が動き出すのを感じてしまう。主人公がどう動くかも重要なのだ。周りの動きがノイズになってしまっては他の手に動いたときに邪魔になる。彼はそんなことを考えながら動かした。