自己弁論
荒木はそっと告げるように言っていた。お茶を出してくれたのは、スクリプトに入ったばかりの新人だという。三枝が小説を出したことで有名になったのだ。それによって入りたいという子が増えたのだ。
「小関絵里のことは俺より社長のほうが詳しいですよ。確か、澄川書店にいたころに週刊誌を扱っている部署に一時期だけ配属されたことがあったみたいですから。」
彼の言葉に嘘がないのは知っているのだ。別の人がそれを聞きつけたのか社長を呼んできたようだった。マグカップを片手にラフな格好をしている。
「俺に話があるってか。弘樹君。」
「はい、資産家殺人事件について調べていたら小関絵里について知りたくなったんですよ。直接、本人に聞ける話じゃないですから。」
「そうだね。」
社長は向かいのソファに座った。彼の記憶の中には澄川書店にいたころの忙しいときだろうかと思った。
「高橋絵里の件は澄川書店にいたときで、それも週刊誌のころだからな。しゃしゃり出たように、高橋製薬の契約の弁護士が来たな。それもかなりの有名人だったけど、政治家の事件で負けて一気にやめさせられたという話も上がったのを載せた記憶があるよ。」
社長は過去の資料を大切に残すような性格であることも知っている。小関絵里に会う前に知っておいても無駄じゃないからだ。社長が社長室へ行っている間に深く悩むことにした。
「この話をしている状態だと順調ですね。澄川書店の橋倉から話を受けていますからね。小関絵里との対談楽しみにしてます。それにしても踏んだり蹴ったりですね。」
荒木が心配そうに言った。それは彼の昔の職場でも同じだったのだろう。相手を思うあまりの仕事をしていたのを社長が聞きつけてハンティングをしたのだろうから。社長は大きな分厚いファイルを取り出した。
「木佐学といってな。かなり大手の弁護士事務所にいたんだけど、政治家の事件に無罪を獲得できなかったことが影響してあっさりと高橋製薬との契約も解除となってその事務所からも突き放された人物だよ。高橋製薬との契約が残っていたこともあって民事裁判をして勝ち取って賠償金をかなり多めにもらって自分の個人事務所くらいは開いているじゃないのか。」
すたれたといってもうでは間違いないからと社長は言ったのだ。刑事事件は取り扱わないと思った。トラウマになってしまっている。荒木が自分のパソコンで木佐学について調べているのだ。
「木佐学ですか。印象が強いのは民事裁判の時の自己弁論ですよ。それで勝ったんですから。」
「そうだよね。腕は鈍っていないことを証明していたんだ。事件が悪かった。」




