伝える
荒木のことは夏樹は知っている。少なからずとも会わせているのだ。別れた後のことの交流までは知らないが、付き合っていた時のことは知っている。
「そういえば、弘樹ってスクリプトが主催する賞の審査員をするんでしょ。長いね。」
「まぁ、勉強しているんだよ。それでもその賞を取った人が大きくなっていないって社長が嘆いていた。いずれ切ってしまうかもしれないって。小さな会社で受け取れないのなら余計に大きな会社は受け取らないって。」
「そうよね。試しには動いてくれるかもしれないけど、賞自体がそこまで大きいわけじゃないからね。社長さんももともと大手の出版社出身だから詳しいのよ。」
空になったコップをストローで彼女は不快な音を鳴らした。その音があまりにも大きかったらしく、周りの人が驚いたようでもあった。彼女は平謝りした。
「夏樹はさ、仕事はうまくいっているの?」
「うまくいっているだなんて大きくは言えないわよ。上司の機嫌取りをするような人を見ていたりするから嫌なの。やめたいと思うことも多いけど、本部に来ないかって誘ってもらっていて・・・。まっさらな気持ちでやっているの。よくも悪くもというやつよ。」
歯切れの悪い言葉を連ねるのは変わらない。保険会社に入ったのは内定をもらった会社がそこだけだったことがある。焦った故の決断だったのだ。それでも辞めずに働いているのも何となくでもわかっているからうれしかった。夏樹が言うには機嫌取りをする人は周りからも嫌われているのに上司だけには好評なのだそうだ。だが、周りの評価が高くないのでいまだに働いているのだという。ノルマも達成しないことが多くなっているらしい。別の部署に飛ばすという話が噂の段階で持ち上がっている。それすらもその人は嫉妬だと勘違いしていて嫌気がさしているのだという。結果を見ればわかるといって上司は放っておいているらしい。
「やっぱりそりの合わない人はいるものだね。」
「弘樹は大学を卒業して就職をしたでしょ。それからすぐにやめたの?」
「2年くらいかな。働いていたんだけど、他の出版社との話が持ち上がってきて両立ができそうになくてやめたよ。・・・かなり上司に駄々をごねられた感じかな。いくら言われたって無理だって言ったんだよ。」
その駄々をごねた上司はできないことで有名だった。部下の成果をやけに自分のものにしていることも知っていたので、他の上司に黙って録音をさせてもらった。その上司の評価がだだ下がりだと聞いたことがある。