聴きたいこと
三枝は虹の橋の住所やいろいろ教えてくれたことに感謝を伝えて出て行こうと玄関へと向かっていると声をかけられた。
「あのね、うちの娘が貴方のファンなのよ。サインしてもらえないかしら。」
彼女がもっていたのは本の隅が擦り切れたものだった。読み明かしたことがよくわかるものだった。彼女の胸の中でぎゅっと包まれていた。
「いいですよ。」
彼女から受け取って彼の鞄からサインペンを取り出した。サインペンは常に持ち歩いているのだ。ファンから声をかけられたりしても写真も撮れたりするが、サインを求めてもペンがないときがあった時に断ざる負えなくなってしまうのが嫌で持ち歩くことにしている。彼女から娘の名前を聞いて書いてサインをした。彼女の表情がどんどん晴れやかになっていく。キチンと表紙を閉じて返した。
「有難うね。娘がいたらよかったんだけど、都内で大学に通っているものだからめったにこっちに帰ってこないのよね。今更、かえって来なくてもいいのよとか言っているの。通いだしたら帰るのが嫌になるって聞くから。」
彼女の娘は私立大学に通っているのだ。受験で国立をかなり受けたのだが、その時のセンターが今までの中で一番悪いものとなってしまったために、希望していた大学へは行くことができなかったのだ。滑り止めで受けていた私立大学に通うといったのだ。他の国立大学へはあまりにも目が揺らがなかったのだ。
「それに大学院に行きたいって言っていてね。そのためのお金をためなきゃいけないのよ。・・・本音を言えば大学に行って卒業したら就職してほしいのよね。うちはあまり贅沢できない家庭なのにね。」
彼女のぼやきはとことん付き合うことにした。彼女の旦那さんは出張で自宅にいることが少ないこともあって彼女自身はいいと思っているのだ。そういう考えもあるのだ。愚痴を聞くだけ聞いて家を出た。とぼとぼ歩きながら商店街までくると書店の前で見覚えのある面影があった。
「親父。」
「弘樹か。」
「どうして此処にいるんだ?」
彼がそう聞くとあっさりとした口調でかえって来た。
「仕事だ。印刷会社が新たにできるから確認がてら来たんだ。・・・それこそお前はどうして此処にいる?」
「俺はスクリプトから箸休めにあの事件を調べないかって言われて・・・、考えていた時に警察に資料の提供を言われたから調べているんだ。」
「そうか。澄川書店の橋倉から聞いたが、高橋権現との対談はなくなって次の相手を探していたら小関絵里が名乗りを上げたから受けろといっていた。まぁ、お前のことだから受けるだろうな。」
弘樹は黙って首を縦にうなずいた。答えを聞いて納得したのか真顔から笑顔を見せた。




