めぐり合わせ
夏樹は三枝が大学生の時に付き合っていた彼女だった。付き合っていたのは大学2年から3年の時だけだ。たった1年足らずであったが、小説を書くことも全て理解した上での付き合いだったので嫌な感じはなかった。なけなしの金で遊園地に行ったりもした。それでも喜んでくれた。夏樹と会ったので近くにあったカフェといった。いっぱいだったので待っていると夏樹の携帯が鳴った。受け答えもしっかりしている。あの頃と比べるのはおこがましい限りだ。空いた席にいってセリフサービスだったので三枝が買った。もちろん、お互いにほしいものは互いに出したが・・・。トレーに乗せてもっていった。
「待った?」
「全然、お得意様から契約を取れないかってね。明日行くって言ったら納得してもらった。」
「上司からか。大変だね。」
夏樹の前にカフェオレを置くと彼女はため息をついた。彼女によると保険に入ったころは仲間が多かったが、やめていく人を見ているばかりで残っているのは数人といった感じなのだそうだ。苦労を分かち合うには足らずではないが、何処か見えないところで嫉妬が渦巻いているのを感じているのだ。その度にくじけそうになってしまう。保険を売るには口がうまくないといけないという時点で・・・。
「私がいっているお得意様は契約を取ってくれるの。だから、上司はノルマを取るために毎回利用しているのよ。経営者ってこともあって、年金を個人でやらないといけないからって手を変え品を変えをして取っているの。・・・まぁ、税金が下がるからいいんでしょうけど。・・・それより弘樹はどうしてあそこにいたの?」
「呼ばれたんだ、荒木さんにね。・・・確認だけだから大したことはなかった。社長からお墨付きをもらうのは俺だけだって言っていたよ。他の作家さんもいるんだけど、売れ行きがそこまでじゃないというのはわかったよ。」
夏樹はそうといった。社長のお墨付きが一体どういうものなのかを知っている彼女は多くは言わなかった。社長自身、最初は別の出版社で編集者として仕事をしていた。それもベテランといわれる人物だったのだ。数々の小説家を輩出したが、編集者を変えるなどして全く腕が上がらなくなったのを見て自ら出版社を作ることを決意した。その最初に拾ってくれたのが三枝であるのだ。
「荒木さんも腕利きなんでしょ。あの人から何も言われないんだったらいいんじゃないの。」
荒木は新入りに近い形で入ってそれからずっとの仲だ。直観で動く人で面白いと思ったら社長に直談判をするほどだ。