わき目
夏樹が言うには絵里自身高橋製薬を継ぐ気持ちもなかったので早めに会社を作って太刀打ちできないようにしたのだといった。
「その自然食品の名前ってわかるか?」
「待ってね。確かパンフレットをもらったのよ。毎回出そうと思うんだけど忘れて残っていた気がするの。」
彼女は大きなトートバックからガザガザと音をたてて調べている。氷の入ったカフェオレは水が湧き出している。三枝はその様子を見ながらコーヒーを飲んだ。夏樹はそこかしこにバッグに入っていたものを出しているが全く見つかっていないようだ。
「そうだ。思い出した。自然食品に興味がある子に今日、渡したんだ。今まで入れっぱなしにするよりいいからと思って・・・。」
「そうか。それなら名前が分かれば調べる方法があるから大丈夫だよ。」
「よかった。」
彼女との会話で身になるのは向けた言葉くらいだろうからと思ったのだ。そして彼女と空になったコップを見つめた。妙な沈黙が続くのも嫌なので黙っている。店主が店を閉めたそうな顔と目があった。
「そろそろお開きにしたほうがよさそうだね。夏樹も明日、仕事があるんじゃないの。」
「あるわ。けど、アポを取っても間に合っているとか言われることもあったから件数としては少ないじゃないかな。」
立ち上がってレジへと向かった。店主の張り付けた笑顔と対面した。三枝自身が飲んだコーヒー分を出すと夏樹は決まって自分の飲み物分を出すと知っているからだ。そのあと、店を後にした。
「そういうことだから俺は帰るよ。仕事、頑張ってね。」
「久しぶりだね。そんなことを弘樹から言われるのなんて・・・。」
「あの時期は微妙だったからな。小説に追われていて大学の授業にも追われていたから大したことできなかったし、言えなかったんだ。」
別れるとなった時には心に余裕など1ミリもなかったのは実感しているのだろう。彼自身に向き合ったのは少なからず彼女だけだったとも思った。草間は別の大学であったので頻繁にあったとしても世間話をするだけ。満たされるのは何かと思った。
「それでも今は余裕があるっていう証拠だね。審査員になって少しは手順に慣れて複数の出版社に出向いているのも知っているから。・・・いつでも嘆きたかったら嘆くのがいいよ。弘樹はそういうの下手だから。」
そういって彼女は踵を返していった。心を見せるのが特段、得意だったわけでもないのだ。三枝はネオンの明かりに照らされた道を歩く。脇道などを見ずに・・・。




