吸収していく
昭は弘樹が生まれる前までは冬山登山を専門にしてカメラを向けていたと母から聞いたのだ。危険な山に立ち向かうことも惜しまなかったのに、弘樹が生まれたと知って冬山ではなく夏山にも上るようにもなった。山の近くの町にも出向くようにもなった。息子が生まれてその雄姿といって死んでいたらいけないと思ったのだと母にだけは明かしていた。
「親父もカメラマンとして俺が生まれて終わったとは思わなかったとは言っていたんですよね。」
「そうなんですか。作家として今は活躍なさっているのをほめたたえるとまではいかなくてもつかんだものの大きさは知っているでしょう。」
「そりゃ・・・。」
三枝が実家に帰った時にタイミングが合えばあったり、酒を飲みかわすくらいはする。けれど、多くは語らないので何もならない。母はその状況がいいのか悪いのかわからないので下手に口には出さない。母は昭が登山に行った日を狙って実家に来るように催促したときがたった1度だけあった。その時に父の部屋に入った時に驚いたのだ。山の写真にまみれた中に家族写真があった。本棚には三枝の本も紛れ込んでいた。
「母が言うには俺が生まれて変わったといってましたよ。山にしか興味がなかった男が子供ができたと知った時のとんでもない喜びを今でも覚えていると・・・。」
「仕事バカでも大切なものが分かるということですかね。それでもなお、カメラマンとして活躍できているんですからいいんですよ。」
書店員が笑顔を見せた。店長が居心地の悪さからうろうろとしている。此処の書店だけはやけに目をつけられているのを警戒をしているのだ。三枝にとってはわからないものだったのだ。組織の中に一時的にいたとしてもだ。いい顔を見せてもお守りをもっているのとそう変わらないのだ。おまじないにでも頼っているのだとも思ったことがある。夏樹が会社に対しての愚痴も黙って聞き流せばいいのだ。三枝にとってはその程度なのだ。
「それにしても店長さんは何時変わったんですか?」
「つい最近ですよ。前の店長さんが本部に呼ばれたんですよ。成績もよかったですし、それに加えて先生をもてなすことにもつながっているんですよ。それでたたえられて今じゃ本部の人事担当だそうです。」
書店員は憎たらしく言った。その店長もまた本部に上がると聞いたときには偉そうに言っていたのだといった。ぬか喜びにでもなればいいのにとも思ったといっていた。そんな愚痴もまた飲み込むしかない。




