見えない点
衣装もハンガーに居座るように立っている。使い道の決まっている部分があるが、動かないのだ。
「此処まで長引くことはあるのか?」
「なかなかないな。橋倉さんも来たことがあるけど延長しないといけないところまでになると送り付けるのがいいかもしれないですよ。」
「そのほうがいいですね。全くもって・・・人騒がせということにしなかならないんですから。」
メイクの人もだがどんどん嫌気がさしてきている。此処まで苦情なり言いつけてくるのはなかなかないのだ。そこまで偉いと思っているにしても他人に迷惑をかけることくらいの気遣いはあるものだ。それでもないのは可笑しい。時計を見ると針の動きは止まることはなく一向に進む気配もない。
「こっちも暇じゃないっていうのをわかっていないじゃないのか。ああやって自分の都合で動かす人間ほど何も知らないことのほうが多い。悪事すら目を向けないのだろうから。」
「ライフオブの実態は捜査二課が請け負っているので少なからず見えてくると思います。圧力がかかってやめるとかないですから。」
「上条さんがそう言ってくれると安心しますね。草間が警察に勤めるとか聞いて驚いたんだよな。たとえ、俺のことがあったとして実現するのとは別問題だろ。だから・・・。」
三枝はメイクに使う椅子から立ち上がってインスタントコーヒーを飲んだ。何度飲んでも変わらないかもしれないが、苦味や甘味が癒すものがあるのだ。
「俺がさ、警察に勤めることにしたのは少なからず三枝はかかわっているよ。俺にはお前みたいに人を動かせるような小説は書けなかった。けど、お前は大学になっても高校の時と変わらなかった。おごった感じもなかった。むしろ、おごっていたのは周りだった。」
彼はぽつぽつと告げるように言った。大学で会う度に周りは自分の成果のごとく言うのに本人は全くないのだ。それどころか謙虚に聞いてくるのがうれしかった。草間にとって高校の時は関係が変わると思っていた。それも何もなかった。最初は驚いたところもあったが、三枝に何かを返すべきだと思った。高校の時の出版社の忠告だけじゃない何かをしたかったのだ。それをかなえることになるが高校の時に言った警察官になるということだけだった。人助けになる上にもしもの時に三枝を守れるのだと思ったから。
「俺にはできることが限られると思ったらすぐに警察になることに決めた。危険なことが含まれることも百も承知でね。親は少しの間だけ反対したよ。けど、お前の名前を出すと黙った。・・・俺の親父はお前の親父の写真に救われたんだ。何も言えなかったんだろうな。」
草間の父親は自営業という仕事柄、時代や景気の波に追われる。そのこともあって自殺をしようと思った時があったのだ。それを引き留めたのは書店で売られていた三枝の父親の写真集だった。




