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9:天国の扉~Count Your Last Blessings~

 スライムは伸ばした体を振り回し、勇者に突撃した。

 これが普通の人間であれば、触れた箇所が吹き飛ばされることだろう。


 だが――。


 バチバチッ! バチチチチッ!

 

 先日の戦いの時と同じだ。

 スライムの鋭い攻撃は勇者の体へと叩きつけられ、そして全て弾かれた。


 神の力に拒絶された痛みが核に伝わってくる。

 スライムは思わず動きを止めて後ろに下がった。


 ブンブンブンッ!


 刃が無理なら鈍器はどうかと体の一部をハンマーのように振り回し、スライムは勇者を横殴りした。


「無駄だよ」


 バチィッ!


 しかし、やはりこれも弾かれた。

 スライムの体は勇者に触れた部分から先がちぎれ、人間よりも大きな銀色の塊が空に向かって飛んでいく。


 ヒュン! ドガァァァン!

 

 切り離された体は街の外壁にぶつかって大穴を空けた。


 スライムの知能は低い。

 だから彼は、もうこれ以上に特別な攻撃方法を思いつかなかった。

 攻めているのは自分の方だというのに、まるで逆に攻められている気分だ。


 刃物も鈍器も効かない。

 そんな敵にどうすればよいのか。


 一瞬だけ迷った彼は、直後に極めてスライムらしい行動を選択した。


 ドムッ! ドムッ!


 重くなった体を辛うじて弾ませ、正面から勇者に向かっていく。


 ……そう、体当たりだ。


 この世界のスライムにとって基本的で、そして唯一と言っていい攻撃方法。

 彼はこの局面において、自分がスライムであることを確かめた。


「おやおや、もう諦めたのかな?」


 まるで脅威にもならない速度での攻撃に呆れながら、勇者は剣を構えた。

 触手のように振りまわされる部分は速くとも、スライム本体は鈍重そのもの。


 おそらくは核があると思われる場所を攻めるのは造作もない。

 ましてや、相手の方からこちらに向かってきてくれるとなれば尚更だ。


「そこだっ!」


 勇者は一歩踏み出すと、スライムの胴体に向けて聖剣を突き出した。

 神の祝福が銀色の体を弾き、露出した赤い核を貫く。


 グニュッ――、ドンッ!!!


 進もうとするスライムと、勢いの全てを受け止めた聖剣。


 次の瞬間、スライムは神の力で後方へと吹き飛ばされた。

 ここまで進んで来たのとは少しだけ違う角度で、いくつもの建物を壊しながら街の外側へと向かっていく。


 ドスンッ!


 外壁にぶつかって、スライムはようやく止まることが出来た。

 

 悪寒。

 自分の体がまた震え出したのを勇者に対する恐怖のせいだと思ったスライムは、直後にそれが間違いであることを理解した。


 ……赤い核が痛む。


 スライムの本体とも言うべき赤い核は、聖剣の一撃を受けて傷ついていた。

 彼は理性でも知性でもなく、野生の本能の助けを借りることで自分の未来を悟った。


 ……致命傷だ、もう助からない。

 

 スライムは自分にトドメを刺そうと歩き始めた勇者を”見た”。

 神に愛された男は勝利を確信した表情をしている。


 スライムは考えた。


 既に核は傷つき、死の運命は免れない。

 直に自分も仲間達の所へと行くことになるだろう。


 そうだ、ならば――。


 神が見向きもしなかった魔物は自分自身の低い知能で考え、そして一つの結論に達した。

 体勢を整え、崩壊が始まった赤い核を再び銀色で包み込む。


 勇者の攻撃で大部分を吹き飛ばされたせいで、体が軽い。

 これならば”スライムらしく”戦うことができるだろう。


 スライムは体をググッと縮ませた。


 既に核は傷つき、死の運命は免れない。

 もうすぐ自分は仲間達の所へと”逝く”ことになる。


 それならば――。








 手土産に、勇者の首を一つ貰っていこう!!!!!!!!!!!!!!








 ――ドンッ!!!!!!!!!!


 スライムは砲弾のように大地を蹴って飛び出した。


 勇者に勝てないから自分は死ぬというのに。

 勇者の方が強いから自分は死ぬというのに。

 

 しかし彼は今ならば勇者を倒せると結論した。

 その体を無数に尖らせ突き出して、勇者の心臓を狙う。


 ドドドドドドドドドドドド!!!!!!!


 バヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!!!!!!


「うぉおおおおっ!」


 いつものように敵の攻撃を無防備な状態で受けた勇者

 しかしスライムの攻撃があまりにも激しかったため、彼はその勢いに飲み込まれた。


 ……が、もちろん傷一つ受けてはいない。


 そうだ、倒せないのだ。

 神に与えられた聖鎧で守られている限り、勇者は倒せない。


 が、しかしそれでもスライムは自分が勇者の心臓を貫けると確信していた。

 ……そうだ、彼は知っている。


 死者が通ると言われる天国の扉。

 それは別に人間だけのものではない。


 魔獣も、魔物も、死んだ者全てがそこを通るのだ。

 

 スライムは思っていた。

 自分にとっての天国の扉があるとするならば、それは今、目の前にあると。


 ……そうだ!


 勇者の心臓への道を阻む神の鎧。

 それこそが自分のとっての天国の扉だ!


 自分はもうすぐ死ぬ。

 だから天国の扉が開く。

 つまり勇者の鎧は壊せる。

 勇者の心臓を貫ける。


 論理の飛躍。

 しかし平均的なスライムの知能しか持たない彼に、そんなことは関係ない。

 人間が求めるような論理性など、スライムには一切必要ない。


 そうだ。


 知能の低いスライムに、人間がこだわるような論理性は必要ない。

 そこには根拠も証拠もないというのに、しかし彼は頑なにそれを信じていた。


 今の自分ならば、この勇者を倒せると。

 彼にとって、それこそが真実だ。

 

 猛攻に次ぐ猛攻。


 勇者の聖鎧に触れた体が弾け飛び、その度に赤い核へと刺すような痛みを残していく。

 しかしスライムは動じない。


 痛みとは生命を脅かす事態を知らせる信号だ。

 ならば、間近に迫った死を受け入れた今、その痛みをものともしないのは、当然かも知れない。


 誰に言われたって止まらない。

 何を言われたって怯まない。


 スライムの知能は低い。

 しかしそんなこととは無関係に、もう後先を考える必要はない。


 才能や素質によって登れる高さは決まっている。

 それが現実だ。


 そしてだからこそ意味があるのだ、それが。


 スライムは歴史書など見たことはない。

 そこに何が書いてあるかもわからない。


 読んだってわかりはしないだろう。

 だが、そこに何が書かれるべきかぐらいはわかる。


 超えられないはずの壁を超えた瞬間。

 それこそが新たな歴史の一ページとして記されるはずだ。

 

 ……記されるべきだ。


 ……そうだ!


 刻んでやろうではないか、新たな歴史を!

 スライムという種族がこの世界に存在したという、その足跡を! 


 壊せ!


 ここで死ぬのなら!


 開け!


 我が天国の扉よ!


 開け!


 我が天国の扉を!


 自分が死ぬのは決まった!

 ならば開くはずだ!









 ……ピシッ!


「――?!」


 スライムの猛攻に晒される中、勇者ルークは”何か”がひび割れる音を聞いた気がした。

 しかしいったい何が割れたというのだろう?

 

 ピシピシピシピシ!


 まただ。

 嫌な予感がした勇者は、荒れ狂う暴威の中で自分の鎧を見た。


(そんな……、馬鹿な!) 


 ルークは驚愕した。

 神から与えられた聖なる鎧、そこには間違いなく亀裂が入っていたからだ。


 攻撃するスライム。

 その体は聖鎧に触れる度に散り、しかし同時に亀裂を増やしていく。


 そして――。


 ピシピシピシピシッ、――ドンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「うわあああああ!」


 特大の爆発。


 観客となっていた者達から次々と悲鳴が上がる。

 爆風が周囲の建物や人間を吹き飛ばし、爆煙が街を包み込んだ。


 ……そして誰も動かなくなった。


 静寂。


 静寂。


 静寂。


 人々が起き上がったのは、衝撃と残響が収まって暫くしてからだ。

 周囲に風は無く、煙はまだ街を覆っている。


「ど、どうなったんだ?」


 人々は戦いの結末を知ろうと、視界が晴れるのを待った。

 地平線から朝日を予感させる光が差し込み始めたのはちょうどその時だ。

 まるで神の威光を知らしめるかのように、光が煙を一掃していく。


 戦場のど真ん中。

 そこには最後まで煙が残っていた。


 ――結果はどうなったのか。


 人々の視線は、勇者とスライムが戦っていた場所へと集まった。

 まるで演劇でも見ているかのように、誰も言葉を発しようとはしない。


 そして静まった世界の中で、煙が晴れた。

 戦いの中心部、そこには――。







 聖鎧を砕かれ心臓を貫かれて絶命した勇者ルークと、赤い核が完全に灰化し機能停止したスライムだけが残っていた。







 誰もが認める、弱小の魔物。

 そこに秘められた、神の力すらも貫く可能性を世界中に示して、スライムという種族はここに絶滅した。


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