表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

7:宣戦布告~The New Transmission~

 勇者が襲来した竜を討ち取った次の日の深夜。

 人間の街はいつも通りの夜を取り戻していた。


 そんな彼らの隙を伺い、スライムは保管されたウォータードラゴンの死体の中から、密かに抜け出した。


 勇者の攻撃で白い部分の大半を失い、残っているのは赤い核周辺の僅かだけ。

 聖剣に宿った力の影響なのか、触れても切り離された体を取り戻すことが出来ない。


 元々の大きさよりも更に小さくなってしまったスライムは、人間達に見つからないように、体を引きずって静かに物陰に隠れた。

 曇り空のおかげで隠れやすいのが幸いだ。


 全身を使って周囲の気配を探る。


 ――”奴”がまだどこかにいるかもしれない。


 それを考えるたび、恐怖で体が震える。


 ――“あの人間“に出会わないように。


 ――“あの人間”がいませんように。


 月と街の光の合間を縫うように掻い潜り、スライムはそれだけを祈りながら、静かに“人の巣”から逃げ出した。


 敗北者。

 まさに弱者たるスライムにふさわしい称号だ。

 ウォータードラゴンという借り物の力を過信し、溺れた者の末路がこれか。


 人のいない方向へとひたすらに跳ね続けるスライム。

 自分がどこへ向かっているのかもわからない。


 その惨めな姿を慰めるかのように、やがてポツポツと雨が降り始めた。

 

 周囲にはもう人影はない。

 雨で体温を奪われても問題無いのは、この辺ではスライムぐらいのものだ。


 やがて嵐となった空の下を、それでもスライムは跳ね続けた。

 雷鳴の鳴り響く中、誰もいない小さな洞窟を見つけて駆け込んだのは、そろそろ日が昇ろうかという頃になってからだ。

 



 スライムは震えていた。

 雨音すらも遠く聞こえる洞窟の奥で、敗北の傷で再び小さくなった体を震わせて、スライムはただ震えていた。


 絶対強者たる勇者への恐怖に。

 そして不甲斐ない自分への怒りに。


 スライムの知能は低い。


 彼はその本能のままに、自分が何故戦うのを見失っていた。

 太陽という栄光から逃げ、神の加護無き暗闇に隠れて眠る。


 お似合いだ、自分には。

 お似合いだ、貧弱なスライム風情には。


 夜が過ぎて再び日が昇っても、スライムはただ惨めに震え続けた。

 植え付けられた恐怖が常に片隅に佇んでいる。


 ただひたすらに恐ろしい。

 今は他のスライム達と身を寄せ合って、巣の中に隠れていたい。


 スライムの知能は低い。

 だから彼はこの時になって、ようやく思い出した。


 ――そうだ、スライムはもう自分しかいないのだった。


 手持ち無沙汰に土を掘りながら、彼は仲間達と過ごしたを思い起こし始めた。


 眠った仲間達を起こさないように、こっそりと巣を抜け出した朝。

 昼間にしか表れない虫を捕まえて持ち帰った自分は、ちょっとした英雄になった。


 一緒に鉱石を掘り起こして遊んだ夜。

 一番大きな水晶を掘り起こした仲間をみんなで称えた。


 地面を掘っていた体が止まる。


 スライムの知能は低い。

 しかしそんな彼にだって理解出来る。


 ……あの日々は、もう二度と訪れない。


 どうしてこうなった?

 その答えをすぐに見つけられるほど、彼は賢くない。


 洞窟の外で再び雷鳴が響いた。

 どうやらまたすぐに次の嵐がやってきたらしい。


 変わった環境を受け入れきれないまま、スライムは再び土を掘り始めた。



 二度目の嵐は過ぎ去った。

 そしてスライムは震えていた。


 絶対強者たる勇者への恐怖に。

 そして不甲斐ない自分への怒りに。


 彼は思い出した。

 自分が戦っていた理由を。

 自分が戦うべき理由を。


 そうだ。

 ここにはもう、自分しかいない。


 そうだ。

 この世界にはもう、自分以外にスライムはいない。


 彼は体を引きずって洞窟の外へと出た。

 空には嵐に置いていかれた雲達が残り、天頂にはスライムと同じような形をした白い満月が輝いている。


 彼はそんな月明かりの下に銀色の体を表した。

 掘り起こした金属を取り込み、滲み出た地下水を飲み込み、スライムは再び戦闘態勢へと移行した。


 それは嵐の後の静寂か、あるいは嵐の前の静寂か。

 珍しく物音一つ無い夜を見上げ、彼は体の形状をまるで金管楽器のように変えた。


 ブォォォォォォォォォ!


 大気が震え、世界に甲高い音が響き渡った。

 体を膨らませて空気を送り込み、全身震わせて力一杯に音を鳴らす。


 スライムに声帯は存在しない。

 だからこの世界の歴史において、自分自身の体を使って音を鳴らしたスライムは今までいなかった。

 せいぜいが石をぶつけたりして音を立てるぐらいだ。


 故に、この行動の意味を理解した者は誰もいないだろう。

 この世界のスライムが初めて行った、自分自身の体を用いた意思表示の意図を汲み取れる者など、きっとどこにもいない。


 だが。


 だが。


 ……これは紛れもない敵意だ。


 もはや考えるまでもなく、ただ彼自身の感情と本能が『戦え!』と促している。


 そうだ。

 忘れていた、自分が戦う理由を。


 そうだ。

 もう忘れない、自分が戦うべき理由を。


 そうだ。

 これは威嚇でも恫喝でもない。


 仲間の仇を取ると決意した証。

 そして最後の瞬間まで戦い続けるという、覚悟の証明だ。


 ブォォォォォォォォォ!


 世界に甲高い音が響き続ける。


 今この瞬間、最後のスライムは人類に宣戦を布告した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ