6:自分自身を鼓舞して~Walking Disaster~
深夜。
万単位の人間が生活する大きな街に、ウォータードラゴンは迫っていた。
無論、その正体はスライムである。
竜に乗る騎士をドラゴンナイトと呼ぶのなら、竜を操るスライムはドラゴンスライムと呼ぶべきだろうか?
以前よりも大きくなった体を竜の死体の全身に張り巡らせ、彼は正に竜操者となっていた。
これまで感じたことのない大きな力。
それを持て余しながら、敵陣へと立ち向かう。
「おい、なんだありゃあ?」
大規模な街ともなれば、二十四時間態勢で見張りがいても不思議はない。
馬車よりも大きな影が街に近づいてくることに、見張りの兵達はすぐ気がついた。
「あれは……、竜じゃねぇか!?」
「迎撃準備だ! 鐘を鳴らせ! 勇者様も呼ぶんだ! 急げ!」
兵の一人が高台に昇り、全力を鐘を叩いた。
甲高い金属音が街に響き渡り、その眠りを覚ます。
新たに無数のランプと松明が掲げられ、何百もの兵達が次々と表れたのを見て、スライムは戸惑った。
今は深夜だ。
なのに、どうしてこんなに沢山の人間達がすぐに出てくるのか。
前に戦った人間達はみんな寝ているか、起きていても戦う準備など出来ていなかった。
しかしこの大きな“巣“の人間達は城壁の上にズラリと並んで、もう完全に戦える状態ではないか。
生命の“身“を口にしても、知恵が手に入るわけではない。
依然として標準的なスライム相応の知能のままだった彼は、その理由を見出すことが出来なかった。
「砲兵隊、準備急げ! 弓兵隊、構え!」
スライムの知能は低い。
だがそれでもそれなりに生きていけるのは、野生の生存本能があるからだ。
「放てぇぇぇぇぇ!」
放たれた矢に反応し、“ウォータードラゴンスライム“もまた走り出した。
心臓の代わりに収まったスライムによって、肉体の腐敗は最低限に抑えられている。
つまり竜の持つ身体能力を、全て使うことが可能だ。
ドドドドドドドドドドッ!
水中でなければ全ての力を発揮できないウォータードラゴンとはいえ、陸上での機動性は竜以外の生物が容易に肩を並べられるような水準ではない。
大地を揺らし、スライムは矢が降り注ぐであろう領域から一気に飛び出した。
「来るぞ!」
生まれて初めて到達した速度領域と共に、閉じられた門へと突っ込んでいく。
城壁の材質は石。
それに対して門の材質は木だ。
どちらの強度が低いかぐらい、スライムだって知っている。
ドガァンッ!
彼は門を破ると、敵を内側から崩すために突入した。
尻尾を振り回して周囲の人間達を片っ端から吹き飛ばし、薙ぎ倒していく。
ウォータードラゴンには羽がないために飛ぶことが出来ない。
そしてブレスを吐くための制御もまた、スライムの手にあまる代物だった。
しかしそれでも十分だ。
「中に入ったぞ!」
「勇者様はまだか?!」
街の中に竜が入り込んだとなれば、これはもう人間達にとっても一大事だ。
打撃力のある大砲は小回りが効かないために使うことが出来ないし、 魔法が使えるのは極一部の選ばれた者達だけで、こんなところにいるわけがない。
つまり硬い鱗を持つ竜に対し、彼らは決定打を放てない状態で戦わなければならないのである。
「撃て撃て!」
ウォータードラゴンスライムに対し、次々と矢が降り注ぐ。
しかしその全てが堅固な防御に阻まれた。
「駄目だ! 効いてない!」
「だったら俺が! ――ぐぁっ!」
背後から斧で叩き斬ろうとした男は、即座に尻尾で薙ぎ払われた。
竜の体を操っているとはいえ、戦っているのはあくまでもスライムである。
それはつまり竜のように目に頼ること無く、全身で周囲の様子を感知出来ることを意味していた。
上だろうが下だろうが真後ろだろうが、即座に反応して迎撃することが出来る。
勝てる。
スライムはそう確信した。
「逃げろ! 逃げろぉぉぉぉ!」
見たこともない数の人間の群れに突っ込み、敵を蹂躙していく。
鎧ごと噛み砕き、盾ごと踏み潰し、武器ごと薙ぎ払う。
強い。
スライムには決して味わえない力を振り回し、彼はもう勝負に勝ったつもりになっていた。
のっしのっしと、我が物顔で人間の巣を歩く。
状況が変わったのは、そうやって“人間の巣“の中央付近まで進んだ頃だ。
「なるほど。確かにこれは僕の出番みたいだ」
スライムの進行方向には、一人だけ人間が立っていた。
金の模様が施された純白の鎧が、月と街の明かりを受けて輝いている。
第一印象と先入観とは恐ろしいものだ。
スライムと同じ白を基調としていることで、彼は相手を弱い個体だと思いこんだ。
他の人間と同じように弾き飛ばしてやろうと、スライムは躊躇うことなく竜の体を突進させた。
勇者ルーク。
それがこの世界の神に聖剣と聖鎧を与えられた人間であることを、スライムは知らなかった。
鎧に身を包んだ勇者に向けて突進するウォータードラゴンスライム。
が……。
ガシンッ! バヂィッ!
勇者の周囲に魔法陣が浮かび上がる。
ルークは直立不動のままで構えることすらせずに、強力な攻撃を体で受け止めた。
まるで山にでもぶつかったかのような感触。
竜の持つ力の殆ど全てを使っての体当たりだったというに、スライムはピタリと止められてしまったではないか。
一体何が起こった?
混乱。
混乱。
混乱。
スライムの知能では、この現象を即座に理解することは出来なかった。
何かの間違いだと気を取り直し、尻尾で薙ぎ払ってやろうと体を振り回す。
彼にとって、竜とは最強の力なのだ。
それを手に入れた自分が負けるはずはない。
バヂッ!
しかし結果は先程と同じ。
攻撃が当たった箇所を中心に魔法陣が表れ、スライムの攻撃を完全に受け止めてしまった。
「すげぇ! ドラゴンの攻撃でも効いてないぞ!」
周囲からは歓声が沸き起こった。
もちろんそれは勇者ルークに対して向けられたものだ。
ここは敵陣。
スライムに声援などあるわけがない。
「みんな見ておくといい! これが……、勇者の力だ!」
ルークは腰の聖剣を抜くと、今度は噛みつきを試そうとしていた竜に向けて斬りかかった。
防御の一切は鎧に任せ、最短の軌道をカットする。
グシュ!
どうやら鎧だけではなく、剣にも何か特別な力があるらしい。
聖剣は竜の鱗など存在しないかのように、ウォータードラゴンスライムの体を両断した。
スライムが収まっている心臓の少し下から、竜の体が上下に切り離される。
……信じられなかった。
自分のように内側から攻めたのならともかく、まさか竜を堂々と正面から打ち破るような者が存在するとは。
崩れ落ちる上半身の中で、スライムは震えた。
それは単に受けた攻撃の衝撃によってだけではない。
絶対と信じていた力を容易く打ち破られたことに対する動揺、そして恐怖。
そうだ、恐怖だ。
スライムは忘れていた感情を思い出した。
ドスゥン……。
「ふん!」
勇者ルークは、竜が地面に倒れたのと同時に追撃を仕掛けた。
まずは頭部を突き刺し、続けて胴体を切り刻んでいく。
スライムは残った上半身を動かして反撃しようと試みたが、いくら動かそうとしても竜の体は言うことを聞かなかった。
当たり前だ。
ルークは別に、闇雲に斬りつけているわけではない。
彼は腱や内蔵を中心に、竜が動きたくても動けないように傷を与えていた。
「流石は竜。生命力が強い。だが……、これでトドメだっ!」
ドンッ!
スライムが体を動かそうとするのを、竜の生命力の強さだと解釈したルーク。
まだ敵の正体がスライムであることに気がついていない彼は、心臓目掛けて背中に聖剣を突き立てた。
そう、スライムが収まっている心臓目掛けて。
世界はただただ無情だ。
この日、スライムは勇者に敗北した。