4:夜が孤独を呼び起こす~All Alone~
スライムは夜の道を一匹で移動していた。
かつてどこかで見たような景色が続く。
スライムの知能は低い。
故に彼は、ここが初めて来た土地であるにも関わらず、前にも来たことがある場所だと結論づけた。
進む先には、大きな人間の街がある。
月明かりの下を移動して来た彼は、その街の姿を確認して戸惑った。
……明るい。
夜なのに。
これまで襲ってきた集落と違って、まだ沢山の人間達が起きている。
見たことも無い数の人間、人間、人間。
スライムは知らなかった。
この街が、人間にとってはそれほど大規模なものではないことを。
だから彼はこう思ったのだ。
ここはきっと、人間達の一番大きな巣に違いない、と。
……勝てるだろうか?
三本の剣を担ぎ、スライムは震えた。
それは恐怖ではなく、武者震いなのだと自分に言い聞かせて進む。
「ん? なんだ? スライム?」
門の警備をしていた二人の兵の内の一人が、近づいてくるスライムに気が付いた。
……戦闘開始だ。
賽は投げない。
スライムは代わりに剣を力一杯に投げつけた。
門の両脇に立っている二人に向かって、二本の剣が飛んでいく。
ドスドスッ!
「うっ……!」
人々にとって、スライムは恐怖の対象ではない。
虫や小動物の一種として嫌がる者はいるが、しかし命を脅かすような脅威だとは認識していないのだ。
故に門を守っていた二人もそれが敵襲だとは気が付かず、無防備な状態で剣を受けた。
即死はしなかったが、声も上げられない状態だ。
スライムにとっては幸いに、そして二人にとって不幸なことに、他の人間はまだ異変に気が付いていない。
放っておけば、もうじき出血多量で死ぬだろう。
スライムは進む。
敵の巣の中へと。
倒れた二人から剣を引き抜き、次の獲物を見定める。
この時間帯に活動している人間というのは、どうやら大半が酒を飲んでいるらしい。
スライムには彼らがどうしてそんなことをするのか理解できなかったが、しかし都合が良いのは事実だ。
判断力の鈍った人間ならば、正面から戦っても勝機はある。
「あぁん? なんだ?」
ドスッ!
「ギャッ!」
スライムが再び投げた剣。
それを頭部に受けた男が小さな悲鳴を上げて倒れた。
「ん? どうした?」
「おい、死んでるぞ!」
まさか自分達を殺しに来たのが一匹のスライムだなどとは夢にも思わなかった人間達は、即座に敵の姿を見つけることが出来なかった。
スライムの姿そのものは視界に入っていたのだが、無意識の内にそれを脅威の候補から排除してしまっていたのだ。
スライムは三本の剣を投げつけて三匹の人間をしとめると、横に跳ねて樽の影に身を隠した。
いくら相手が酔っているからといって、こちらも武器を持たずに挑んでは流石に勝ち目がない。
スライムは樽の上にあったから瓶を一本取ってから、目の前の家に武器が沢山あることに気が付いた。
人間達の言葉で言えば、ここは武器屋である。
これを使えばこの巣にいる多くの人間を殺すことが出来そうだ。
彼は隙間から中に入ると、武器を入口に集め始めた。
スライムの知能ではいくつあるのかを数えきることはできないが、とにかく沢山の武器が集まった。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
内側から鍵を開け、先程殺した人間達の所に集まっていた人間達に向けて、片っ端からそれらを投擲していく。
「ぎゃあああ!」
「なんだ?!」
「剣が飛んで来るぞ!」
いや、実際に飛んできたのは剣だけではない。
槍も。
斧も。
矢も。
それらが全て、スライムの怒りの代弁者となって人間達に襲い掛かった。
「くそっ! 敵はどこだ?!」
「見ろ! スライムだ! スライムが武器を投げてる!」
最初に気が付いた男の声を聞いた者達は、その言葉を即座に受け入れることが出来なかった。
――スライムが武器を投げて自分達を攻撃している?
――何を言っているんだコイツは。
――酔ってるせいか?
それは現実には信じがたいことであったし、酒と突然の襲撃の中では尚更受け入れがたい事実だった。
しかしそんな最中にも、スライムが投げた武器は命を狙ってくる。
「ホントだ……。ホントにスライムじゃねぇか……」
テーブルを倒して盾にしたり、あるいは建物の影に隠れたり。
安全地帯へと逃げ込んだ人々は少しだけ冷静さを取り戻して、敵が本当にスライムであることを理解した。
「スライムにいいようにされたのかよ! 情けねぇ!」
男の一人が叫ぶ。
そうだ。
スライムは弱い。
こんな一匹に殺されるなど、大恥もいいところだ。
人間達はスライムがあらかたの武器を投げ終わったのを見計らって、反撃に打って出た。
単純な戦闘力では、人間が武器を持たないスライムに負ける要素はない。
「ぶっころせ!」
人間達が、スライムが跳ねるよりも遥かに速い速度で距離を詰める。
武器を携帯していた者達はそれを、それ以外は近くにあった瓶や食器を手にしている。
スライムは最後に残った短剣を背負うと、慌てて武器屋の中に身を隠した。
入口の鍵を閉めてしまえば、敵は入って来れないと思ったからだ。
「クソが! 鍵掛けやがった!」
「壊せ壊せ!」
窓も。
扉も。
人々は武器屋の中へ入ろうと、普通の家よりも頑丈に出来たそれらを叩き始めた。
鉄で補強された木の窓が格子ごと外され、壊されていく。
それを見て、スライムは自分の考えが甘かったことを理解した。
スライムの知能は人間よりも遥かに低い。
自分達の巣に窓や扉を作る習性を持たない彼には、それを壊して新たな入口を作るという発想がなかったのである。
体を震わせて周囲の状況を探る。
裏口の方にはまだ人間が来ていないことを感じ取ると、スライムは急いでその方向に飛び跳ねていった。
短剣は隙間を通れそうにないので、窓から中に入ってこようとした最初の一人に投げつけた。
「ぐわっ!」
命中。
眼球に突き刺さった短剣は脳にまで到達し、男の命を刈り取ることに成功した。
しかし敵はまだ『沢山』残っている。
自分の知能では数えきれないほどの人間の気配を感じながら、スライムは隣の道具屋へと逃げ込んだ。
「どこだ! いないぞ!」
「どこ行った?!」
「探せ探せ!」
まだスライムが武器屋の中にいると思っている人間達が次々と中に入っていく。
スライムは武器になりそうなものはないかと、店の中を探った。
そして見つけたのは酸性の薬品である。
剣を投げるよりも殺傷能力は低いが、何もないよりは遥かにいい。
スライムはそれを人間達にかけてやろうと、自分の体を壺の液体に浸した。
……痛い。
致命的ではないが、体内に取り込んだ酸がスライムの核に触れ、彼に痛みをもたらした。
しかしそんなことは大した問題ではない。
彼は新たな武器を持って、扉の隙間から道具屋の外に出た。
武器屋を外から囲む人間達に狙いを定める。
ビュッ、ビュッ、ビュッ。
圧力を掛け、スライムは水鉄砲のように酸性の液体を放出した。
狙うのは人間達の目や耳だ。
「なんだ?! 痛ぇ!」
「目がぁぁぁ!」
酸を受けた人間達は皮膚を焼かれ、スライムを狙うどころではなくなった。
まだ死んではいないが、無力化は出来ている。
「スライムがいたぞ! 隣の道具屋だ!」
「いつの間に?!」
自分自身の核を焼かれながら、酸を吐き続けるスライム。
しかしその攻撃も、盾や鎧で防がれてしまえばどうにもならない。
蓄えた液体を使い切ったスライムは、新たな武器を求めて再び道具屋の中に入った。
「そうだ、火を付けろ! 焼き殺すんだ!」
道具屋の中で、今度は毒性の強い液体を見つけたスライム。
彼は、人間達が先程と同じように窓や扉を壊して中に入って来るのを待ち構えていた。
しかし、人間達は中々入って来ない。
周囲を探ってみれば、確かにこの建物を取り囲んでいるのだが、どういうわけかそこで止まっているのだ。
……スライムの知能は低い。
故に彼は、人間達が道具屋ごと自分を焼き殺そうとしていることに気が付かなかった。
自分達の巣を壊してしまうという行動が理解できなかったのだ。
道具屋の主人は先程の攻撃で死んでおり、それを止める者も咎める者もいない。
周囲を火で囲まれ、そして空気の温度が上がり始めてからようやく、スライムは敵の狙いを理解することが出来た。
……しかしもう手遅れである。
全面を火と人間に囲まれ、スライムは逃げ場を失った。
スライムの移動能力では、どの方向にも突破口はない。
スライムは本能的に、一番火が薄い方向へと移動した。
毒液という水分を大量に取り込んだ今なら、多少の火は我慢できる。
そして彼が逃げ込んだのは、倉庫として使われている部屋だった。
……誰が考えただろうか?
威力が高すぎるために流通を禁止されている火薬を、この店の主人が密売していたなどと。
さらにはそれが、スライムの逃げ込んだ部屋に大量に保管してあったなどとは。
その部屋にもついに火の手が迫り、そして――。
――ドォォォォンッッッッ!!!!!!!
夜の大気を揺さぶる爆音。
街は一瞬にして大きな爆発に包まれた。
……もちろん、爆心地にいたスライムもだ。




