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3:金床の剣のように~Everyday Combat~

 ガラガラと夜の山に音が響く。

 雲の隙間から月の光が差し込む中を、一台の馬車が走っていた。


 一つだけぶら下げたランプの灯りが馬のシルエットを山道に映し出す。


「……駄目だ、流石にもう馬が限界だ」


「仕方ねぇな……。ここで野宿にするか」


 馬車に乗っていた二人の男は、息の上がった馬の様子を見ながらそう決断した。


「このペースだと到着は明後日の昼過ぎぐらいか。……ぎりぎりだな」


 男の一人は二匹の馬の前に水と携帯飼料を置くと、懐中時計を取り出して時間を確認した。

 精度は悪いが、この世界で商人をするのなら必須の道具である。


「日が出たらすぐに出発しようぜ。間に合わなかったら処刑されちまう」


「ああ……」


 魔獣も出るような山で夜を過ごすというのは、端的に言って賢明ではない。

 それが荷を運ぶ商人であれば尚更だ。

 というよりも、この時間帯になってから山に入るということ自体が奨励されるような行動ではない。

 

 ではなぜ彼らはそうしたのか?

 その理由は――。


「まったく。『新作の宝剣が見たいから持ってこい、期限に遅れたら死刑』とは。相変わらず碌でもないババアだぜ」


「おい、誰かに聞かれたらまずいぞ。女王の悪口を言ったなんて知れたら、間に合っても死刑にされちまう」


「なーに、こんな場所で聞き耳立ててる奴なんていねぇよ。それに……、本当のことだろ?」


 彼らは近くから薪を集めてきて火を起こした。

 幸いにしてこの辺は乾燥しているので、火打ち石さえあればそれほど苦労しない。


 もちろん魔法が使えればそれ以上に簡単なのだが、それが出来るのは極一部のエリートだけだ。

 つまり魔法とは選ばれし者にのみ使える神の御業であり、一般人には全くと言っていいほどに縁がないのである。

 

「しっ……、聞こえたか? ……獣の声だ」


「……魔獣かもしれないな」


 暗闇の遠くで咆哮が響いた。

 それに気が付いた二人の表情が一気に険しくなる。


 普通の獣は火を恐れて近づいてこないが、体内に魔力の生成器官を有する魔獣は話が別だ。

 彼らの中には魔力で体表や治癒能力が強化されている者がおり、そういった魔獣は火を恐れない。


「……交代で見張ろう。馬を休ませたらすぐに出発するんだ」


「ああ、そうだな」

 

 周囲を警戒しながら夜を過ごす男達。

 彼らは周囲の草木が擦れる音に注意を払い、いつでも戦えるように身構えていた。


 何が来ても迎撃出来るように、だ。

 しかしそんな警戒網を潜り抜け、静かに忍び寄る影が一つ。

 

 ズルリ、ズルリと、白い塊が二人の人間と二体の馬に近づいていく。


 スライム。

 分類上、魔獣ではなく魔物の区分に入る”それ”は、真っ直ぐに彼らに向かう事なく、背後から馬車の中へと入っていった。


 馬がいるのは馬車の前方。

 そして二人の男も、魔獣に馬を殺されないようにと、その近くにいた。


 故に、だ。

 月と焚き火によって出来た影を縫うようにして移動していたスライムに、彼らは気がつくことが出来なかった。


 馬車に乗り込んだ招かれざる客。

 しかし”彼は”即座に行動を起こすことなく、そのまま静かに中で身を潜めていた。


 男達が再び馬車に乗り込んだのは、そこから一時間ほど経ってからだった。

 改めて御者席に並び直し、馬を走らせる二人。


 彼らの頭の中に、スライムなどという貧弱な魔物の存在は無い。

 その胸中にあるのは、魔獣がいるかもしれない山を離れられるという安堵だけだ


 そしていよいよ地平線が白くなり始めた時、ついに状況が動いた。


 ――ドス!

  

「――!」


 手綱を持っていなかった男の背後の布地を突き破り、馬車の中で箱に入れてあるはずの宝剣が飛び出してきた。

 その刃が容赦無く心臓を貫いたのは、言うまでもないだろう。

   

 即死という言葉は、必ずしも致命傷を負うと同時の死を意味しない。

 あくまでも”その場でそのまま死んだ”という意味であって、死が確定してから実際にその時を迎えるまで、僅かながらも時間的な猶予がある場合も多い。


 グシュ!


 手応えを確認した”剣の使い手”は、相手に一切遠慮すること無く、乱暴に剣を引き抜いた。

 人間の血が激しく飛び散って馬車の白い布を濡らす。


 男は安堵を切り裂くような激痛に混乱したまま、体の自由を失って前に倒れた。

 まるで奈落のように口を開けていた馬と馬車の間に、無言で落ちていく。


 まだ意識はある。

 しかし痛みに支配された体の制御を取り返すだけの冷静さは無く、地面に叩きつけられた衝撃と共に、彼は最後を迎えた。


「え? あれ?」


 不安からの解放と睡魔。

 そこに重ねるようにして引き起こされた異変に、手綱を握っていたもう一人は即座に気がつくことが出来なかった。


 自分達が襲撃されているのだと、つまりはまだ誰も理解していないということだ。

 手綱を握っている彼も、馬車から落ちて既に人生を終えてしまった彼も、そして馬達も。


 グシュ!


「おい、どうし――、うっ!」


 残された血を見てようやく異常に気が付いたもう一人の心臓を、先程の剣がすかさず貫いた。

 そこには、絶対に逃さないという強い意志が感じられる。


 そうだ。

 生きたまま帰す気はない。


 布の向こう側にいる”殺戮者”は、剣を捻りながら乱暴に引き抜いた。

 主を失っても尚、馬車は走りつづける。


 そうだ。


 馬達がこれから連れて行ってくれるのだ。

 もっと沢山の人間がいる場所へと。


 新たな刃を手に入れたスライムは、既に次の敵を求めていた。


 殺すべき敵を。

 殺すべき人間を。



 殺戮者となったスライムに、名前はない。

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