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2:岩のように固い意志を~All My Life~

 深夜。

 地方にある小さな村の人々は、完全に寝静まっていた。

 

 盗賊も魔獣も殆ど来たことのない、平和な田舎。

 これまで襲撃された経験の無い村のは見張りの一人も置くことのないまま、いつも通りの夜を迎えていた。


 ここは物騒な話とは無縁だという”安全神話”。

 他の地域の村が襲われたという話を聞いても、彼らはそれを他人事としか考えなかった。


 今夜”選ばれた”のは、他でもない自分達だというのに。


 ズリュ、ズリュ……。


 静かな夜に、何か引きずるような音が小さく響く。 

 大地を這いずり、ゆっくりと村に近づいていく復讐者が一匹。


 そうだ。

 スライムだ。


 この世界に現存する最後の一匹。

 その彼が今、村へと近づいていた。


 元々は人間の頭部ぐらいの大きさだったはずの純白の体は、倍以上のサイズに肥大化し、その頂上からは人間の頭部よりも大きな岩が灰色を見せている。

 

 そうだ。

 岩だ。


 普通にスライムに、人間と正面から戦って勝てるような戦力はない。

 だから彼は考えた。

 

 人間を倒す方法を。

 人間よりも遥かに劣る知能で。 


 そしてその答えがこれだった。

 自分よりも重い、大きな岩。


 最初は上に乗せて移動しようと考えたのだが、あまりにも重すぎて体が潰れ、岩がめり込んだせいでまるで”苺大福”のような形になってしまった。

 そんな体では普段のように飛び跳ねて動けるわけもなく、こうして地面をゆっくりと這いずって移動する羽目になっている。

 地面に移動した跡を残さずに済んでいるだけ、まだマシだと言ったところか。


 丸太を組み合わせて出来た門を潜り、殺戮者は灯りの無い村へと踏み込んだ。

 それを告げるかのように、雲が満月を隠す。 


 ……世界が彼を応援しているのだろうか?


 人間とは異なり、スライムは視覚や聴覚といった感覚が独立していない。

 全身で音や光を感じ取り、周囲の状況を総合的に判断している。

 故に”彼”は夜の暗闇の中でも何不自由なく行動することが可能だ。


 敵の襲来に気がついた者はまだ一人もいない。

 仮に気が付いたとしても彼らはスライムを驚異と捉えたりはしないだろう。


 スライムなど、所詮はその辺の野良犬や野良猫、それも子犬や子猫と同じ扱いだ。


 ……カタ。


 静かなる暗殺者は最も近くにあった家の前まで来ると、白い体を隙間から入り込ませて扉の錠を開けた。

 この世界で一般的に普及している“かんぬき型”は構造が簡単なので、スライムにも開け方を推測することが出来る。


 ……ギィ。


 軋む扉が来訪者の存在を告げた。

 しかしそれは警戒心の無い住人を起こすには不十分だった。


 ……ズルッ、ズルッ。


 ゆっくりと木製の床を上がり、そこで一度止まったスライム。

 暗闇の中、”彼”は全身で空気の震えを感じ取り、家の間取りと人間の気配を探った。


 スライムという生物の数少ない長所は、感覚器官の主体が定まっていないことである。

 光でも音でも、その時に有利な手段で周囲の様子を把握することが出来る。 


 一つ一つの感覚がそこまで鋭敏なわけでないので、状況によっては器用貧乏にもなるわけだが、少なくとも今はその柔軟性の恩恵の方が大きい。

 

 この家にある部屋は三つ。

 そして一番奥の部屋からは、呑気な呼吸音が二つ聞こえて来ていた。


 ……ズリュッ、ズリュッ。

 

 目標を見つけたスライムが再び進み始める。 

 ゆっくりと扉を開き、そして並んで眠っている二人の人間の枕元に近づいた。


 一組の男と女。

 スライムの感覚でいえばオスとメスか。


 力を込め、ここまで運んできた岩を男の頭上で高く持ち上げる。

 そこに躊躇いなど無い。


 この二人が新婚の夫婦であることなど、この世界で一匹しかいないスライムには関係ないのである。

 そして――。


 ――ガンッ! グシャ!

  

 スライムは男の頭部に思い切り岩を叩きつけ、その頭部を破壊した。

 割れて中身をぶちまけた頭蓋。 


 全壊とまではいかず、半壊程度ではあったが、即死に違いはない。


「んん……?」


 すぐ隣で寝ていた女も、物音で意識を浮上させ始めた。

 スライムはたったいま落としたばかりの岩を再び持ち上げると、今度は覚醒し始めたばかりの女の頭に向けてそれを叩きつけた。


 ――ガギッ! グチャ!


 男よりも若干高めの音を奏でて潰れた頭蓋。

 そして家の中は再び静かになった。


 ……ズリュッ、ズリュッ。


 スライムはまた岩を上に乗せると、次の家に向かって移動を始めた。


 夜は長い。

  

 家を順番に回り、同じように人間の頭部を岩で潰していく。

 血に塗れた岩だけが、スライムの孤独を慰めてくれた。 


 ……そして夜が明けた。


 朝日が差し込み、スライムが立ち去った後の村を照らす。

 そこに横たわっていたのは幾つもの屍のみ。


 いつものように朝を生きて迎えられた人間は、一人もいなかった。


 そう。

 スライムが見た、かつての同胞達と同様に。


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