1:名前なんていらない~It's not over~
そのスライムは憤っていた。
オレンジから銀へと変換された光が時折鋭く大地に突き刺さる中で、崖の上から見下ろした先にある湿地帯。
そしてその上に広がった森林。
ところどころからは消えかかった火種が姿を見せている。
そこに散らばった残骸。
つまりはスライムだったモノ達。
人間によって”駆除された”同類の数を把握するのは、不可能と言っていいほどに困難だ。
数の膨大さ故に、そして死骸の損傷の激しさ故に。
全滅。
唯一の例外としてこの一匹が生き残ったのは、果たして偶然か必然か。
ジメジメとした日陰を好み、昼間は巣穴から外に出ようとはしないスライム達の中で、銀色の日光が降り注ぐ昼間を好んで活動する異端者、変わり者。
人間達の襲撃があった時間に外に出ていた彼だけが、ただ唯一この危機を免れた。
スライムの知能は、人間よりも遥かに低い。
彼は森林の中に散らばる巣穴を跳ねては訪ね、訪ねては跳ね、それでようやく、生存しているスライムが他にいないことを理解した。
いったい何が起こったのか。
なぜ同類達がみんな死んでいるのか。
――わからない。
それがスライムの限界だ。
仲間の死を理解することは出来ても、状況を見て原因を推測することまでは出来ない。
スライムはわけがわからないままに、まだ生きている仲間がいないかと探し続けた。
そして数日を掛けて周囲に生きている仲間がいないことを確認した後、まだ見ぬ仲間を求めて旅に出た。
別に何か深い考えがあったわけではない。
彼の性別はオス。
種族の存続のためにはメスのスライムが必要だったというだけ。
頭で考えて行動したというよりは、ただ本能に従った結果の行動だ。
人間、あるいは他のモンスターの脅威を掻い潜りながら、世界を西へ東へ。
マシュマロのような純白の体を弾ませて、彼は仲間を、他のスライムを探し続けた。
そうやって――。
一年が経った。
二年が経った。
……五年が経った。
スライムの平均的な寿命は十年程度。
人生も終わりが見えてきた頃になって、彼はようやく悟った。
もうこの世界に……、スライムは自分しかいないのだと。
人間と比べてスライムの知能は低い。
しかしそれでもはっきりと理解した。
世界の到るところで見つけた、同類だったモノ。
かつて一緒に過ごした仲間達の最後と同じ、亡骸達。
それがいったい何を意味しているのかを。
――敵だ。
仲間も、世界中の同類達も。
――敵に殺された。
敵とは誰だ?
……決まっている。
――人間だ。
――人間達だ。
この世界で最も高い知能を持つ者達。
彼らが使う高品質な武器の痕が、彼らにしか使えない魔法の跡が、同族の死体と共に確かにあった。
世界中を旅して見た現実。
それが彼の中でようやく形となる。
賢い生物ならば、とっくの昔に辿り着いていたであろう結論、事実、……真実。
五年という月日を掛けて、スライムの標準的な水準の知能しか持たない彼も、ようやくそこに辿り着いた。
白く、そして少しだけ透明な彼の体が僅かに震える。
スライム達に名前という文化はない。
仲間達の名前を全て覚えておけるほど、彼らは賢くない。
だから他の種族が互いに名前を付けて個体を識別しているのを見て、この変わり者はそれ羨ましく思うことがよくあった。
しかしそれも過去の話だ。
今となっては、もう”そんなもの”は必要ない。
個体を識別する必要など、もうどこにもない。
この世界にいるスライムは、彼だけなのだから。
この世界に……、もうスライムは一匹しかいないのだから。
――殺せ、全ての敵を。
――殺せ、全ての人間を。
彼は孤独になった白い体を震わせた。
この世界に残された、最後のスライム。
彼にはもう……、名前など必要無い。