満月と誓い
オオカミの遠吠え
鬱蒼と繁った、暗い森の中
1匹のオオカミがいました。
オオカミは自分が「狼」として生まれた事に
強い誇りと気高さを感じていました。
「狼」とは誇り高く、気高い生き物だと信じ
また、そうあるべきだと考えています。
空に浮かび、一つだけで
それでも尚、光輝く満月のように
事実、オオカミはその考え方と生き方に
負けないくらいの強い体と、鋭い牙と、疾い足を持っていました。
そんなオオカミは群れのみんなから一目置かれる存在でした。
しかし、それと同時に群れのみんなから恐怖を抱かれる存在でもありました。
何故なら、オオカミは群れを成す事で「狼」として弱くなる者がいると感じ
弱いままであってもいいとする者
その事を容認する群れに
とても厳しかったのです。
特に、群れの中でも強く、地位の高い他のオオカミが弱い者をそのままにしておく事に対して怒りを抱いていました。
言い争いをする事も多く、嫌がる弱い者を鍛えようと厳しく接する事も少なくありません。
でも、それでもオオカミが群れの中で1番「狼」らしい誇りを持って、気高い振る舞いをしていた事は確かで、群れのみんなもそれを知っていました。
弱いままであろうとする者には厳しくても
子どもや、年寄りなどの力を持たない者に辛く当たる事はありませんでした。
優しい言葉を掛ける訳ではありません。
労いの言葉を掛ける訳ではありません。
ただ、自分の誇り高さを、気高さを、厳しさを持った姿を見せるだけ
オオカミは恐れられていましたが
それと同じ位、「狼」として憧れられていました。
空に浮かぶ満月のように
見上げるだけの近寄りがたい存在として。
そんな、ある日
オオカミから見て、特に弱いままであろうとする者が、自分よりも力の弱い子どもからエサを奪った所を見てしまったのです。
オオカミは烈火の如く怒りました。
子どものエサを奪った者を牙で噛みつき、爪で引き裂きました。
助けられた子どもも恐怖で震える程です。
オオカミはこれでも足りないくらいだと思っています。
オオカミが落ち着いた頃エサを奪った者は怖がりながらも言いました。
「誰もがお前みたいに誇り高く、強くあろうと出来る訳じゃないんだ…
お前の誇り高さには憧れるけど、俺には出来ない。
お前を群れの仲間だと思う事は、俺には出来ない。
許してくれ、俺には出来ないんだ…」
そう、涙を流しながら言いました。
そこに群れを率いる強いオオカミがやってきました。
前からオオカミと言い争っているオオカミです。
「なぜ、群れの和を乱そうとする?」
「和を乱そうと思っている訳じゃない。
弱い者を誇り高い『狼』にしてやろうとしているだけだ」
「誇りは群れの和よりも大切なのか?」
「誇りのない奴なんか、『狼』じゃないだろうが!
そんなの犬とおんなじだ!」
「『狼』だろうと、犬だろうとこの群れで生きている同じ仲間だ。見捨てる事は出来ない。」
「見捨ててるだろうが!『狼』として!誇りがなくても構わないなんて『狼』として侮辱してる!
死んでるのと変わらない!『狼』の群れじゃなくて、犬っころの集団じゃねえか!
そんな集団!俺は許せねえ!」
「そんな事は…そんな事は俺だって分かっている!
『狼』としての誇り高さだって!
許されるなら誇り高く生きたかった!
俺だってっっ!」
「だったら、その想いも抱えて、俺が意地を通してやるよ!」
「っっ!!」
「それが俺の生き方だ。」
「…お前の気持ちは分かった。
その上でもう一度、聞こう。
考えを変える気はないか?」
「俺の心は変わらない」
「それでは、群れの仲間として認められない。」
「こっちだって群れを『狼』として認められない。」
オオカミは群れを出て一匹オオカミになりました。
悲しんでる訳ではありません。
怒っている訳ではありません。
ただ、自分の誇り高さを、気高さを、厳しさを貫き通しただけ
ただただ、悔しく虚しい気持ちを抱えて
それでも誇り高く、気高くあるだけです。
そんなオオカミの姿を闇夜に浮かぶ大きな満月だけが見下ろしていました。
オオカミはその満月に向かって
自分の誇り高さを、気高さを
見せつけるように、見返すよう、証明するように
そして
満月に…誓うように
力強く、一つ…遠吠えをしました。
その遠吠えに応えが返ってきたかどうかは
月夜に浮かぶ
誓いを立てた、満月だけが知っているのでした。