町の入り口
脚竜が斜面を走り降りる。砂煙が舞い上がり、駆る者達の顔にもかかる。
「そろそろ入り口に着くよ!」
先頭を行く赤いラプトルの背中で、赤い髪の少女が後続へ伝える。
「なんだアレなんだアレなんだアレ!町が、飛んでる!?」
「白くてふわふわ〜!あはは」
その町は、遠目では巨大な綿毛に見えた。しかし近づくにつれて詳細に判明した結果、山から吹き荒れる風で、地盤ごと町が巻き上げられているのだと分かる。
「スゲー!どうやって入んだあれ」
覆う綿毛が風を受けて、町を宙に浮かしている。家などは崩れるそぶりを見せる事もなく、堂々と空に都市が静止していた。
吹きすさぶ風と音の中、少年少女は初めて見る飛ぶ町を前にしてはしゃぐ。少年は興奮してラプトルの背中から落ちそうになっていた。
「落ちちゃダメだよカズくーん」
「ッとと、あぶね」「きゃ、」
「グギ」
「おおー?ありがとな!」
「グア」
危うく二人が落ちそうになった天幕もあったが、三人と二匹は無事町の入り口にたどり着く。
「しっかしこれどうやって町に入るんだ?」
入り口、と言えば聞こえはいいが実際は浮く町の下に着いただけである。
「こういう場所で身分証が必要になるんだ。二人は見ててね」
「お?」
「おー?」
リュエルが手のひらを空に掲げると、周囲から風が集まってくる。
「うわっとと!?」
「わぁー!」
その風は周囲を巻き込んで、天高く空の町の入り口の方へ一行を運び始めた。
「わはは、すげー!ホントどうなってんだこの世界は!」
「身分証で登録された人と荷物を町の中まで運ぶ術式だけど、ぶっちゃけ良く分かってないよ!」
「しくみ分かってねーのに乗ってだいじょうぶかよ!?」
「まぁ大丈夫でしょ!」
「かぜがきもちー♪」
風が一行を空まで運び、綿毛で雲のように覆われた町の、地上からでも見える大きな門まで三人はたどり着いた。
しかし門の手前まで来たところで、リュエルが嫌そうに顔をしかめる。
「どうしたのー?」
「なんでもないよベルちゃん。ちょっと嫌な奴がいるだけで」
「門のそばにつったってるあいつか?」
「家庭の事情で苦手なんだ。二人は極力静かにしててね」
そうこういう内に門の前でやる気なさげにしていた男が三人に気づいた。
「おっ、誰かと思えばヤクザ者の一人娘じゃあないか」
開口一番にそうのたまい、リュエルが後ろに下がらせた二人を無遠慮に見つめる。仕立てのいい服を着た長身の優男が、全身からだらしのない雰囲気を醸し出していた。
「ご無沙汰しております、シルゼヴァー・キャロライナ卿」
リュエルはライドスから降り、目の前の男に頭を下げる。
「うんうん、礼儀を忘れてないみたいで安心したよー。おじさん立場上無礼な者にはたとえ子供でも断固とした対応を求められるからね」
それを見た男、シルゼヴァーは軽く頷きペラペラ喋る。
「リュエルー、だれこのひとー」
「なんかダルそーなのにえらそーだなこいつ」
しかしろくに礼儀を知らぬ子供が二人。
「あっ」
「ほぅ」
「すいません!!ちょっとこの子達事情が特殊でー…」
「二人ともこっち見なさい」
リュエルが謝ろうとするも、その隣をシルゼヴァーがすり抜けカズとベルの前に出る。
「ん?」
「なぁに?」
「二人とも、この子がどういう人か知ってるかい?」
「飯くれたいいひと!」
「あそんでくれるおねいさん!」
「うむうむ」
そのまま二人と視線を合わせ、シルゼヴァーは言い聞かせるように喋る。
「いいかい?君たちのお友達で恩人のこの人は、親が良くない仕事をしているせいで私たち騎士団と仲が悪いんだ」
そのままリュエルが止める間もないまま、さらっと事情をぶちまける。
「ま、待ってください!」
「だからこの子と一緒にいると、君たちも悪い人だと勘違いされて、私の仲間に連れてかれるかもしれないよ?」
言い終わると再びシルゼヴァーは二人の顔を覗き込む。
「おじさん君たちみたいな将来のある子供がそんな理由で捕まったりするのを見るのは嫌だなぁ?」
「…で?」
「…おっと」
シルゼヴァーの小言に割り込むように静かに、しかし有無を言わさぬ勢いを込めてカズが返す。
「関係ないぜおっさん。おれたちはリュエルといっしょのほうが面白そうだからついてってるんだ」
「ベルたちはだいじょうぶだよー?おっちゃんだいじょうぶー?」
「文句あるならここでとりものでもするか?おれたちはいつでも大丈夫だぜ」
にやりと、およそ人らしくない笑みを浮かべてカズが前に踏み出す。その戦意を感じ取りライドスたちも興奮しだす。
一触即発な空気を、壊したのは男の方だった。
「だっはっは!参った参った!やっぱあんたが連れて来たガキはロクなもんじゃねぇなリュエルさんよ!」
「え、えぇ?」
「意地悪したのは悪かったよ。ただあんたと一緒にいるってことがどういうことかは知らせとかなきゃだろう?」
そういうとシルゼヴァーは門の前へ戻ろうと歩き始める。
「ガキンチョたちよ」
「あんだ?」
「彼女の立場は弱い。これ以上町に来づらくさせないためにも、最低限のマナーは守ってやりな」
「…回りくどいんだよ。さいしょからそう言え」
「むー」
「だっはっはそいつは無理だ!おっちゃんは幼気な子供たちを煙に巻くのが大好きな性分なもんでね!」
そう言うとシルゼヴァーは門を開け始めた。門と地面の擦れる低い音が鳴る。
「ね、嫌な人でしょー?」
「いやっていうか変っていんしょーだ!」
「しんぱいなのかなー?」
「…まあ騎士だし一応警告のつもり、なのかな?」
「ほら空いたぞ」
門が開くといよいよ町の全貌を目の当たりにする。
「おおー…!!」
「おー!」
活気溢れる大通りには威勢のいい露店が連なる。木製の建築中心の町には至る所から綿毛が顔を出し、風を受けて小さな綿が舞っていた。
中央には町の規模と不釣り合いな程立派なドームが建っており、そこから風が町全体を覆っているのが視認できる。
雲が近い。大地が遠く、日光はより強く感じ、空を飛ぶ動物達がよく見える。
「ようこそ“空中浮遊都市フラウ”へ。町民はいつでも歓迎をしているよ」
風と喧騒の合間から、空をゆく怪鳥の鳴き声が聞こえる。