牧場
「じゃあ、カズ君には川から水を汲んできてもらおう」
「おう!このたるにいっぱいでいいか!?」
「あはは、大丈夫?それ一番大きい樽だよ?」
「力にはじしんがあるんだ!」
ボーダーアルプスの麓にある牧場、そこで少女は少年に仕事の説明を行っている。
「あと空に白い影が見えたらまっすぐにここに帰ってくること。銀色亜竜シキソクゼクウって怪物がたまに来るからね」
「倒しちゃダメなのか?」
「100歩譲ってきみが大森林の中から生還したとしても、亜竜には絶対に勝てないから変な気をおこさないこと!」
「ちぇー」
少年、カズは上流へ向けて走って言った。
「レイちゃん、あの子が危ないことしないか見てやってくれる?」
「グギョー」
「ありがとう。後で埋め合わせするね」
少女が側にいたラプトルにお願いをする。するとトカゲも了解したかのように一声発して、先に行った少年の後を追っていった。
「ちょっと心配だけど、まぁ大丈夫だよね」
「んー?」
「あなたには何してもらおっか?」
「しごとー?」
小首を傾げるさらに幼い少女、ベル。働き手が欲しいということで流れ者らしき二人を騙すような形で雇ったリュエルだが、流石に本格的な仕事を自分より小さい子供達にやらせるつもりはない。目的は元より匿う為であり、借金云々は方便である。
(二人が騎士の人たちに知られると面倒だけど、かと言って仕事を与えないのもね...)
町にいる頭の固い騎士の顔を思い出し、しかし頭を振って考えを固める。
「よし、ベルちゃんだったかな?」
「ベルだよ!」
「よしじゃあベルちゃん、ここにいる子達をブラッシングするよ!」
「ぶらしんぐ?」
「...手本見せるから、おんなじ感じでやってね」
「わかったー!」
手慣れた様子で翼竜や脚竜の世話を始めるリュエル。それを見てベルも真似を始める。
「ゴシゴシ、ゴシゴシ」
「うんうん、そんな感じだよー」『ゴシゴシキュッキュッサラサラツヤツヤテカテカピカピカ』
「えへへ」 ゴシゴシ
「クルルルワ」
「グァー」
ベルが洗った方の翼竜が不満の声をあげる。
(結局全匹自分で洗うことになりそうだなー)
晴れた丘で、二人は熱心に手を動かした。
「みず汲んできたぞ!」
「グゲ」
大まかな竜達の手入れが終わった時、カズと脚竜が帰ってきた。
「おーおつかれ!レイもありがとね」
「グゲゲ」
「ご褒美は竜小屋の中にいれといたよ」
「オレはオレは!?」
「リビングにお菓子があるから食べていいよ。ベルちゃんも呼ぼっか」
「おかしー!」
「うおおハラへったーっ!」
リビングにお菓子が、と言った辺りで二人はすでに走り出していた。草の背の低い高原にもうもうと砂煙が舞う。
「カズはその樽を玄関前に置いといてねー!」
「わかったぞー!」
『原住民との接触お疲れさん。今のところ地球産のと対応は変わらない感じだね』
「あ、オペレーター! だまってたがどうかしたか?」
『自動翻訳機能“ボーダレス”の動作確認』
「よくわからん」
『分からなくて結構。後リュエルとやらのアナライズが完了したがデータを伝えようか?』
「いらねぇそれよりおかしだ!」
『まあいいが私のことを勢いでバラすなよ』
「「買い出し?」」
「そう。もともと一人暮らし用の備蓄しかなくてね、買いに行かないと...」
「「いかないと?」」
「あなた達の晩御飯がない」
「うおお大変だー!!」
「ひもじいのやーっ!」
目の前の少年少女が、想定していた通りの反応をしてくれたことを内心面白がりながらリュエルが二人に告げる。
「と、言うわけなので!」
「「おー!?」」
「今日これからみんなで買い物しに町へ行くよー!」
「「おー!!」」
「ついでに身分証も作っちゃおう!」
「「おー??」」
身分証と言われて首を傾げるカズとベル。そんな二人に、リュエルは細かい説明を試みる。
「身分証って言うのはこの国に住んでいいってことを証明する魔法のことだよ。その魔法がかかっているかどうかや種類で国籍が分かるようにできてるんだ」
「「おー???」」
「…かかってないと騎士に怒られる魔法のことだよ」
「ほー」
「すや..」
「まぁ向こうでも説明してくれるかな」
リュエルは細かく理解させることを諦めた。
「私は出かける準備してるから二人も玄関で待っててね」
「よしベル行くぞー」
「ふにゃ」
草原を駆け抜ける二つの影。風を切るのは2匹の脚竜とそれに乗る子供達。
「よーし、リーちゃんにライちゃん、今日は安全運転でいくよー!」
「グギ」
「ケー」
「スゲー!めっちゃはえー!」
「キャハハハハ!すごーい!」
「ふふーん うちの牧場自慢のライドス達だからね!馬なんかよりよっぽど早いよー」
山の斜面を瞬く間に駆け下りていく脚竜達。しかしその背中では驚くほど揺れが少ない。
(『うちのバカは気づいてないようだけど、これがおそらくリュエルとやらのヘイロー能力だな…』)
「あっ、なんか見えてきたぞ!」
「なんか飛んでるー!」
走るライドスの背中で二人の目が何かを遠くに捉えた。
「見えたね!あれがアルグリオン帝国の東端の町、“空中都市フラウ”だよ!」
目的地を視認したライドス達が加速する。まっしぐらに都市の入り口へ向かう中で、カズとベルは近づいてくる“浮遊する都市”に目を奪われていた。