リュエル
本格的に物語が始まります。
大陸東部に広がる大森林。 大陸中部を分け隔てているボーダーアルプス。 その中腹に、一軒の小奇麗な牧場がある。
「んー、いい朝です。
ヤッホー!」
牧場主は、まだ幼さが残る少女。
「まずはクーちゃん達にご飯を持っていかないと」
少女は魚の入った籠を背負い、山の斜面を道沿いに下る。
「グギャア!グギャア!」
そこには十数匹の翼竜がたむろしていた。
「はーい餌だよークーちゃん!」
少女は集まっている翼竜達に餌を与える。
「お、リュエルの嬢ちゃん! 朝から性が出るねー!」
麓からガタイのいい男が登ってきた。
「あ、ジンおじさん!」
「大変だなぁ。 親から牧場主を押し付けられてんだろ?」
「あはは。 大丈夫ですよー。 手伝ってくれる人もいますしこの子たちを世話できるのは楽しいですから」
「たくましいなあ。 よーし、俺も何か手伝おうか?」
「ありがとうございます!じゃあ...」
その時、突然世話をされていた翼竜が何かの匂いを嗅ぎつけた。
「クルルル...」
「? どうしたのクーちゃん」
「グァ」
「わっ!?」
翼竜はその嘴のような口で宿屋の店主、リュエルを掴むとそのまま飛び立った。
「ちょ、嬢ちゃん!?」
「わわわっ、ちょっとどうしたのクーちゃん!?」
「クルクル」
「嬢ちゃーん!? 大丈夫かあー!?」
「大丈夫ですー! ジンおじさんはその子達の世話をお願いしまーす!」
瞬く間にリュエルは空の彼方に消え、後には世話焼きのおっちゃんと世話待ちの翼竜達が残った。
「...まじか」
「「「「「「「「「グァ」」」」」」」」」
「クーちゃんどうしたの?」
「グァグァグァ」
翼竜であるクーちゃんの口に咥えられて、宿屋の店主、リュエルは空を飛ぶ。眼下に広がるのはなだらかな山肌とその先の大森林。
「わぁ...」
リュエルはその光景に息を飲む。眼に映るのは地平線の彼方まで続く深い樹海。
リュエルは、気まぐれに翼竜達が見せてくれるこの光景が好きだった。
「ありがとう。クーちゃん」
「グァ」
「え?わっ!」
眼下の景色を堪能していると、いきなり翼竜は降下を始めた。
「ひっ ひゃぁぁぁぁぁあ!落ちちゃう落ちちゃうクーちゃん私落ちちゃうからあぁぁぁあ!」
「グァー」
泣き叫ぶリュエル、加速するクーちゃん。少女と翼竜は、そのまま森の入り口に降りたった。
「クルクル」
「ちょ、ちょっと待って。クーちゃん、急降下は、やめてって、いつも言ってるじゃん...」
息も絶えだえなリュエル。
「グァ?」
「絶対、わかってて、小首傾げてるでしょ!」
「グァー」
「もー!」
森の前で戯れる少女と翼竜。しかし落ち着いてきたリュエルの目に飛び込んできた光景は、再び落ち着きを失うには十分なインパクトがあった。
「え...何これ...」
森の入り口には、二人の子供がうつ伏せにぶっ倒れていた。
「はら、へったぁ...」
「ぐすっ ...ひっく...おなかがすいたよぉ...」
「はむっ、もぐもぐもぐ おいひい ハグッ くちゃくちゃ んー!」
「がつがつがつがつがつがつがっつがっつがっつ ングッ......!!? っごくごくごく っくぁーーっ!」
「はーい 食べ物はまだまだあるので、急がなくてもいいですよー」
山脈の三合目にある登山客用の食堂は、窓から差し込む朝の日差しと天井に吊るされたランプに似た物が発する光で明るかった。
古い、けれど手入れが行き届いた木製の机の前を陣取り、机に並べられた食べ物をすさまじい勢いで貪る少年と少女。
「すげぇ食いっぷりだな...」
「あんなに遠慮なく食いもんがっつくガキなんてみたことねぇよ」
「くっそー俺も腹減ってきた
こっちもモーニングセットを2人前くれー!」
「俺も3人前頼むわ!」
「は、はい!かしこまりましたー!」
それを見て触発されたのか次々と店内の客が注文をする。食堂が騒がしくなり始めた。
「カァーッ 助かったぜ! ありがとな! ねーちゃん!」
「ありがとー!」
食事がひと段落ついた子ども達が、無邪気な笑みを浮かべて礼の言葉を口にする。
「ううん、いいんですよ。 困った時はお互い様、です」
リュエルもパンのようなものを齧りながらにっこりと笑みを浮かべる。
「おなかもいっぱいになったみたいだし、ちょっと質問してもいいですか?」
「おう! おれもベルも頭はよくねーからかんたんな質問でたのむぜ!」
「ベルばかじゃないもーん! はむっ」
「わかった、わかったから血を吸うな!
ぎゃああああ」
「えと、質問、いいかな...?」
「盗賊のアジトから逃げ出して三日三晩森の中でサバイバルぅ?坊っちゃん嬢ちゃん、嘘つくにしてもリアリティってもんが必要でな..」
「うそついてなんかないぞ!」
「うそじゃないもん!」
話を聞いていたおじさんが茶々を入れた。疑うのも無理はないとリュエルも思う。盗賊のアジトからの脱出はともかく、大森林は子供が生きていける環境ではない。
「真っ赤な飛ばない鳥って“ニシキクザク”だろ。仮にそいつに出会ったんなら逃げ切れるわけがねぇ」
「アタマ叩いたらおとなしくなったぞ!」
「それができるなら苦労しないわい」
さらに問い詰めようとするおっさん。
「お?」
それをリュエルが手で制し、二人の顔を覗き込む。
「まぁことの真偽はともかくですね、二人とも?」
「ん?」
「お?」
リュエルがにっこり笑いながら指を折る。
「タウ肉のたたき定食100リング」
「ん?」
首を傾げるカズ
「ルールーの丸揚げ80リング」
「んん???」
額にたらりと汗が流れる。
「ヒネクレバチの蜜のケーキ100リング」
「?」
ベルはまだピンときてない。
「キバキジの手羽のソテー95リング」
「おうゴチソーしてくれてありがとな!じゃ!!」
「おう待てや」
隣のおっさんに肩を掴まれる。その間にもリュエルの無慈悲な読み上げは続く。
「砲弾芋のコロッケ80リング
ガラガラの乳のチーズムース50リング
フダツキタヌキのスープ150リング
ジャクネンすっぽんの姿造り200リング
青種りんごのパイ50リング
コカゲサンショウウオのタン200リング
そしてお米を大盛り4杯で800リング」
「......」
「....私別に奢ってあげるって言ってないよ?」
間。
「うち丁度従業員が欲しかったんだよね」
「...おう」
『こうして鬼神の異世界転生は借金生活からスタートすることになるのだった...』
「かってなナレーションいれんな」
「けぷぅ」