悪夢
盗賊のアジト二階通路で、壮年の盗賊ジグザと相棒の手長猿が異形の化け物供と対峙している。
「やーっぱおっちゃんつえぇーなァ!」
「きゃはははは!」
化け物の一人、カズは耳まで裂けた口から凶悪な牙をのぞかせてジグザの首筋を狙う。
「舐めるな若造! 年季が違う!」
ジグザが逸らした顔の側で、歯をかち合わせる音が鳴る。
「キキィ!キキィ!」
「ッ手長猿!」
声のした方向にジグザが顔を向けると、大量のハエにたかられている手長猿が見えた。振り払おうとして動く長い手が、少し干からびているのを見てジグザは戦慄する。
「血を吸っているのか!」
「よそ見キンモツだぞおっちゃん!」
「ッ!」
不利な体制でよそ見したジグザのみぞおちに、カズの拳が突き刺さる。だが
「ふんぬっ」
「グゲッ」
そのままカズの頭を掴み強烈な頭突きをぶちかました。そして手のひらを手長猿に群がるハエに向けると、
「燃やせ!」
手のひらから炎弾を飛ばした。炎はハエ達を一瞬で焼き尽くす。
「キキィ」
「おまえは一旦休め」
猿はその声を聞くと、光となり消えた。
『ふーん、あなたが放った炎であなたの猿は燃えないんだね』
「っ何者だ!?」
ジグザが周囲を見渡すが、声の主は見つからない。
『やはり魔法は術師の思い描く結果を生み出すのか。そうなるとやはり魔法の最終段階は願いを叶える魔法となるのかな?しかしそうなると人によって魔法の適正が違うのが説明つかない』
「オペレーター!おれらにもわかるように!」
「???」
『よしカズ。なんか現象を想像して魔法使ってみてよ』
「できんわ!」
一連のやりとりを見ていたジグザは、カズの耳についた妙ちきりんな機械から謎の声が聞こえくるのに気づいた。同時に頭をよぎる様々な可能性、それを確かめるべく口が開いた。
「貴様は、いや貴様らは何だ...?」
『んー、君は理解する必要は無いよ。ま、研究者とその小間使いと思ってくれたらいい』
「研究者...?」
『そう。遠く遠くの異邦人が、実験のために被験体を1匹送り込んだとでも考えてくれたまえ。』
「....」
ジグザは押し黙る。与えられた情報を吟味するためでは無い。今目の前にいる少年少女が変貌を始めたのに気づいたのだ。
「ひひははは ははは はひははは」
「あははははははあーははは!」
『少年の方はこちらの世界においても特別なやつでね。便宜上我々は---』
少年の額から一本のつのが生える。少女の背中から大量の蠅が飛び立つ。
『鬼 、と定義している』
ジグザは明確に後悔していた。子供が好きな我らが首領にプレゼントを贈るぐらいの気持ちで今まで誘拐に手を染めてきたが、良心以外のところでこれほど後悔したのは初めてだった。部下を無駄に減らし、自らも傷ついた。しかもそれが集合の指令を受けた当日に、自分がさらってきたガキのせいでこうなっているのだ。
「やれやれどこで間違えたのやら...っ」
先程よりケモノに近い動きで少年が、鬼が迫る。
目の前で尋常じゃない存在感を放ち始めたなにか達を相手とるため、盗賊ジグザは本来の戦い方に戻る決断をする。
「窮猿投炎」
「ん?」
『お』
同じ響き、されども先までの呼び方とは明らかに何かが違う。
はたして虚空よりサルが現れる。しかしその見た目も先までとは違っていた。
「ギギギ...」
「もえるサル?」
訝しげに鬼は猿を見やる。
「ギッ」
「---!」
そして猿の腕が、ぶれる。同時に暗い通路で閃光が弾けた。
「あっちいいイィィィ!!?」
「あついいいい!!」
怪物2匹が炎上する。鬼は髪を振り乱し、吸血蠅は落ちる。
「戻れ」
「ギギギ」
猿は姿を消し、ジグザが炎上する2匹を注視する。
「ぐぎゃああぁあアアーなぁにすんだあー!」
「みず!ミズ!カズ助けて!?」
「ムチャいうなー!」
案の定割と余裕そうな2匹を、ジグザは油断なく観察する。見ると髪の数本、蠅の数匹しか落とせていない。
「テナガザル!」
「ギギッ」
再びジグザが猿を呼び、間髪いれず炎が上がる。
「あぶっ」
それを横っ跳びになり鬼が躱そうとする。
「そこだ」
躱そうとして体制の崩れた鬼めがけて、ジグザが小さな袋を放る。
「!?」
『カズ、火薬だ!』
「ゲッ」
「遅い!」
刹那、爆発。
「あれ、ジグザ?」
半壊したアジトの一角、その瓦礫の上で、初老の盗賊ジグザはタバコをふかしていた。
「逃した」
端的に結果を告げる。
「へぇ」
それに対する青年盗賊、シーマの返答もそっけない。
「どうせ東西の動乱に合わせて引き払う予定のアジトだしいいけどさ、大奥様への連絡は自分でしなよ?」
「わかっとる」
憮然としてジグザは言い返す。
「...どんな戦いだったの?」
その問いに対してジグザは袖をまくった。
「.....」
「うわ」
べっとりと服には血が付着し、その先には本来あるべき右腕が無くなっていた。
「火薬で消しとばしたつもりが、化けの皮を剥いじまった。ありゃ手に負えんわ」
「“炎投のジグザ”がそう言うのか。追いかけた方がいいかな?」
「やめとけ。バケモノの相手はもうたくさんだろう」
吹きっさらしになったアジトを、夜明けの光が照らし出す。
「嫌な夜だった」
そうジグザはこぼした。