アジト
頑張れ盗賊さん
月光の届かない廊下を走る二つの影。
「オペレーター、出口分かる?」
小さな影の内一方が耳に付いたイヤホンの様な何かをいじりながら口を開く。
『任せな。アジト内部のマップはもう完成した。そこを左だ』
突然虚空から声が出てくる。
「…!」
もう一方の影は手で口を押さえている。
「どうして分かったのか聞いていい?」
『双葉コーポレーションの技術に不可能はないからだ』
「…!」
「…おまえはなんか言いたそうだな」
「カズがだまってろっていってたから…」
「あーもういいよ。しゃべっていいよ」
「やった!」
『せめて盗賊のアジト出てからにしてくれませんかねぇ』
暗闇の中、ぺたぺたと裸足でゆかを蹴る音が響く。
『あっ』
しばらく進んだところで、オペレーターが声を出した。
「なになに?」
「なにがあった?」
『このアジト、そこそこの実力者が複数人いらっしゃるわ』
「…今更いうの?それ」
「いまさらー?」
『人のアナライズ終わったのがちょうど今なんだよ。対象の能力の解析はもうちょっとかかりそう』
「へーそんなことができるんだー」
「でも今更だよな。そんなんおれたちはとっくに肌で感じてるよ」
『くっ…画面越しだと現場の空気は伝わってこないからなぁ』
軽口を叩いているがカズの目は鋭くなっていく。先ほどまで鳴っていた足音は消え、よくわかってなさそうなベルは既に背負われていた。
「脱出にじゃまなばしょにはいないでくれよ」
『アジトも騒がしくなってきたね』
暗いアジトを駆け回る小さな影。
「クッソどこ行きやがった!?」
「早く探し出せ!あの人にバレたらおおごとだぞ!」
「オメェら大声出すな!声でバレる!」
遠くから大人の怒鳴り合いが近ずいて来る。
「やっば…!オペレーター、出口は後どれくらい?」
『そこ走り抜けたとこに窓がある。窓から飛び出たら外だよ』
「あんがと。じゃあベル、走るぞ!」
「わーい」
暗闇の中裸足で疾走する音が響く。
「そこかぁ!」
「待ちやがれガキども!」
後ろから怒声が聞こえる。しかし、その音はちょっとずつ離れて行く。
「はははっ!カズはやーい!」
「この程度の追いかけっこなら向こうでもしてたなぁ!」
『うんうん、さすが私が選んだ男』
「なんかその言い方ムカつくぞ!」
『解せぬ』
ロウソクの灯りが等間隔で吊るされた廊下に、月夜の明かりが混ざり出す。カズは窓を視界に捉えた。
「それじゃバイバイだぜ盗賊さんたちよお!」
「バイバーイ!」
窓に向かって影が疾走する。後ろの盗賊達との距離が大きくなる。
「まてい!」
「ごっは!」
窓に飛び込む寸前の刹那、横合いから巨体がぶつかってきた。
「いってえなぁ!」
「げっほ!」
すかさず巨大な何かに蹴りをかます。お互いが弾かれて吹っ飛んだ。
「ガキのクセになんちゅー運動神経しとるのだ!」
「ハッハーやるじゃんヒゲモジャのおっちゃん!」
お互い大したダメージを感じさせずに立ち上がる。カズの口にはゴキゲンな笑みが、ヒゲモジャの口には不機嫌なへの字が描かれていた。
「悪いがまた捕まってもらう!」
ヒゲモジャの男、ジグザは窓の前を陣取り、
「やーなこった!」
少年は嘲笑と共に駆け出す。
「来い手長猿!」
「キキッ」
虚空から奇妙な猿が飛び出て、その長い手をカズの方に伸ばした。
「げっ」
大きな手のひらがカズを捉える。次の瞬間、カズはヒゲモジャの方へ投げ飛ばされた。
「オークの時とおなじやつじゃねーか!」
「そうでもないさ」
ヒゲモジャは腰を低くして拳を引いていた。
「ッセイ!」
「んげっ!?」
拳が顔面に当たる。カズはその瞬間、
「何ッ!」
「甘いんだよおっちゃん!」
体を縦に回転させて拳の勢いをいなし、ヒゲモジャの背後をとった。
「もらっ、」
カズが背後から飛びかかろうとした時、
「キキィッ!」
「たぁぁぁぁあ!?」
突然目の前の空間からヒゲモジャの向こう側にいたはずの猿が出現した。猿が拳を振り上げる。
「ごふぇ!?」
殴られて吹っ飛んだカズ。しかし口元の楽しそうな笑みは深まっている。
「ッとと、すげーな!どうなってんだそのサル!」
「キキッ」
「お前こそ、手長猿の一撃をまともに食らってその程度のダメージとはな」
「あいにく殴られなれててねっ」
次の瞬間にお互いが弾かれたかのように走り出す。しかしサルは虚空に姿を消していた。
「?」
「その反応、お前はヘイロー持ちと戦うのは初めてだな?」
ヒゲモジャの鋭い蹴りが空気を切り裂く音をたなびかせカズに迫る。
「なんだそりゃ?」
その蹴りを上体を逸らしかわす。しかし
「キキッ」
足元にいつの間にか出現していた手長猿の長い手に、足払いをかけられてしまう。
「なにぃ!?」
そのままジグザはカズの首にナイフを突きつけ上から羽交い締めにする。
「捕まってやるもんかよ!」
カズはナイフの刃に噛みつき、砕く。
「それが貴様のヘイロー能力か!」
「しらねーよそんな気の抜けそうな名前の
ちょーのーりょくなんざ!」
「ぐっ!」
カズが顎を蹴り上げる。
再び二人の距離が開く。そこでジグザが気づく。
「貴様、その背に背負っていた子供をどこに置いた?」
その問いに、カズのにやけっぱなしの口が、音を立てて耳まで裂けた。
「!?」
「ヘイローだかなんだかしらねーが、あいつも何かしらののーりょくもってるってことだよ」
ジグザは気づく。ガキどもを追いかけていた下っ端達が来るのが遅すぎる事に。
「これは…!」
窓から射す月光が廊下の様子を照らし出す。盗賊業で長年食ってきたジグザでさえ、眼に映る状況に絶句した。
「まずーい」
数人の干からびた部下達と、それに噛み付く少女。明らかに、部下達は血を吸われていた。
「さいしょに噛みつかれたときからあれに血をすわれてたんだよ?おれ」
少女の周りの闇が蠢く。月光が照らす闇の正体は、おびただしい数のハエだった。
「…まさか攫ってきたガキが二人とも覚醒者とはな…。わしにもヤキがまわったか?」
「そうおもうんならとおしてくれない?おれたちはここから出たいだけなんだよ」
カズの提案にジグザは吹っ切れた様な笑みを浮かべた。
「そう言う訳にもいかん。もうすぐ定例会議があってな。このような失態をそのままにしては顔向けできん」
「こうかいすんなよ?人間」
「おじさんは美味しいのかなー?」
盗賊にアジトの一階通路で、老いた盗賊と相棒の猿にオニガミと吸血鬼が襲いかかった。