馬鹿真面目
空を覆う巨竜が町から弾き飛ばされたあと、カズとベルは中央役所にほど近い騎士団の詰所へと運ばれていた。
「なんではんざいしゃみたいなあつかいを受けてんの?」
「なんでー?」
「誠に申し訳ない。しかし町に入るため、引いては身分証作製の為には本来厳しい審査を受けなければならないのです」
カズ達を救った騎士、シャトルがティーカップを二人の前に置きながら言う。
「まだ君たちの身柄の潔癖が表明できていない以上、ここで取り調べを受ける必要があるのです」
「そのしんさってやつはどうやるんだよ」
「まず君たちのヘイローを調べさせてもらいます」
「なんで?」
「ヘイローは出会いが育み行いが示すものです」
そう言ってシャトルが取り出したものは、温度計のように見える。
「なんだそれ」
「ヘイローの善性、悪性を測る計測器です。規定値よりも悪性が強い場合、当人の性格に問題がある可能性がある」
「んー?」
「んー?」
「…日頃の行いの計測器、ととらえてもらえば」
「あいも変わらず馬鹿真面目だねぇ」
「!、シルゼヴァー団長!」
取り調べ室の入り口から、町の門前にいた長身の騎士がのっそりと入ってきた。
「あ!おっちゃんだ!」
「おじちゃんだー」
「ようガキども。かっこいいお兄さんがこの馬鹿真面目に口聞きしにきてやったぜー」
「おっちゃんまずヒゲそれ」
シャトルが一発咳払いを入れる。
「…当直の仕事はまだ続いていると思いますが」
「あんなもんが町の上にやってきたんだ。避難勧告を出すために町に戻ったのさ」
「それで、何の用でしょう」
「んー用って言うかねぇ…」
「なんかフンイキわりーな」
「…んー」
にわかにトゲトゲしだす部屋の中。シャトルはシルゼヴァーに向き合い話あっている。
「なるほど。町に入って時には保護者の方がいらしたというのは分かりました。しかし、
保護者到着を待っている間に審査を受けてもらうべきだと愚考します」
「言い回し含めてカチッカチだなお前。今時身分証もない流れ者なんて珍しくないだろう?」
「だからこそ、我々騎士が規範を示し、矯正を促すべきです」
頑なに審査を受けさせようとするシャトルに、ついにシルゼヴァーは手を上げる。
「わかったわかった。お前がそうしたいなら審査すれば良い。だがその前にちょっとだけ世間話に付き合え」
シルゼヴァーはシャトルの首根っこをひっつかむ。
「え、団長!?」
「ガキども、こいつ借りるぞー」
「おーう。いいぞ」
「いってらっしゃい」
「うむ」
「いやうむじゃなくてですね!?」
そのまま扉の向こう側に消えてしまった。
「いっちゃったな」
「…」
「ベル、出たいか」
「え、えっと…」
「さっきッからそわそわしてばっかだ」
「…ごめんなさい」
「いいさ」
小鬼は音もなく部屋を後にした。
―――――――――――
「何をするんですか団長!」
「まぁ落ち着け。身分証を持たない者なら問答無用で連行するのではなく、まずは身分保証人がいるかの確認、いないなら確保、だろ?シャトル、お前が最初にやらなきゃいけないことは保証人の捜索だ」
「…っ!」
口をつぐむシャトル。しかし拳を握りながら昂然と言い返す。
「…かなり無茶な連行の仕方をしたということはわかってます。しかし、あの者達を野放しにはどうしてもできませんでした」
「分かるよ」
シルゼヴァーは頷く。
「職業柄やばい魔力の持ち主とは出会ってきたが、ありゃ別格だ」
「なら!」
「落ち着けって。問題なのはやつらの付き添い人だ」
「…あっ」
シャトルは閃き、頭を抱える。
「…赤ずきん、ですか…」
「ご明察。しかも赤ずきんさんとこの“夜明け姫”さまだ」
「あの人はまたもう…」
困ったように首を振る。
「国内の情勢上ヤクザもんとも今問題を起こすわけにはいかない。万が一にも向こうとの仲を、今悪化させるわけにはいかないのさ」
「だから、今は見逃せ、と?」
「まぁ新しいファミリーなのか、単に拾っただけなのかは聞き出した方がいいだろう。しかし深追いは厳禁だな」
「…わかりました」
「ほら、部屋に戻ってやれ。ガキどもが暇してるだろう」
「了解です。団長は?」
「夜明け姫…リュエル・レッドキャップを探してくる。彼女の事情聴取はお前が担当だ」
「え"っ」
「今俺が決めた」
シャトルの喉奥から異音がはじけ、シャトルは含み笑いをする。
するとそこに詰所の職員が走ってきた。
「団長!シャトル様!至急お耳に入れたいことが!」
「ん、どったの?」
「どうかしましたか!?」
職員は息を整える間もなく二人に告げる。
「今、取り調べ室から子供が二人、外へ走り去って行きました!職員や常駐騎士をあっさりと振り切り、現在逃走中です!」
「なんだと!?」
「…アチャー」
詰所がにわかに騒がしくなり、騒動は町へ伝播していく。