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自宅に戻る前の道で、人間型のモンスターに遭遇することはなかった。
隣町で新しく登場したのは、上空から襲ってくる鳥型モンスターだった。他の動物型と同じく黒い影のような靄がかかっていて、大きさはカラスくらいだ。向こうが急降下して攻撃してくるのを受けながらの迎撃には手こずったので2回目の遭遇からは見つけ次第、ファイアーボールで打ち落とすことにしている。随分と熟練度があがったようで火力も飛距離も格段に上がった。
自宅へ到着して、自室へ戻ってベッドに腰掛ける。
「疲れたー」
ジャージ男と追いかけっこをしたせいだろうか、疲労感がある。
ゲーム終了後に、あの男の存在がリアルでもあるのか、キチンと調べなければいけないな。
俺を見るなり襲い掛かってくるほどだ、かなり思いつめているし、翔子に何かあってはいけない。
存在が確認出来れば、先程と同様に警察署へ行くべきだろう。交番ではなく大きな警察署の方が良いだろう。当然、曖昧な話ではなく、いかに実害があって恐怖を感じているか、を訴えなければ取り合ってもらえない可能性も充分に考えられる。翔子本人が、警察署へ行くのを嫌がるかもしれない。その場合どうやって説得したらいいのか・・・
気がつくとベッドで眠っていた。
ハッキリと覚醒した頭で、時刻を確かめる。
8時30分。
よかった、時間は動いていない。安堵しながら画面を良く見ると、
『タナカは眠った。
HP MP 状態異常 全回復!』
と表示されていた。
どうやら、自室のベッドが宿屋代わりのようだ。
これで一旦、セーブされていればいいんだけれど。
恐らく期待は出来ないだろう。システム画面にロードもセーブの表示もなかったし、雑魚に殺されたらゲームオーバーである以上、クリアまでは一本道のはずだ。
レベルが上がってきて回復アイテムや回復魔法を入手出来ない場合、定期的に自室に戻って眠る必要があるわけだ。他の宿屋に相当する場所を発見しない限りは、自宅が拠点のままだろう。
ベッドから起き上がり、キッチンへ行って弁当を持つ。
画面表示を確認して頷く。
『母親の作ってくれた弁当 HP回復 中』
ホームセンターへ行くのに、回復アイテムは大切だ。忘れずに持っていこう。
玄関で、自分の自転車の鍵を取り出して外へ出る。
車庫には、母親のママチャリと俺のマウンテンバイクがある。父親の車は、今は会社の駐車場だろう。俺は、愛車に乗って走り出した。
大きな国道へ出ると車は走っていなかった。すべてが停止していた。運転手たちはハンドルを握っている。恐らく本来は運転中なのだろう。不思議なことに、車道から動物型のモンスターが頻繁に飛び出してきた。近所の片側1車線道路とは比べ物にならない数だ。自転車で走り抜けると追いかけてはこれないようだったが、徒歩であの数に襲われたらとてもじゃないが無事ではすまなかっただろう。
自転車を選択した自分の判断を褒めてやりたい。
なんだ?
ホームセンターの1つ前の横断歩道に大きな影の揺らぎを感じだ。
犬や猫の大きさとは比較にならない。
少しスピードをつけて出来るだけ離れた所を駆け抜けてから振り返る。
もしかして。
国道に出てからのモンスターの出現量増加は、過去に動物が車にひき殺された数なのではないだろうか?ふと、そんな考えが頭をよぎった。今しがた通過した横断歩道で、数ヶ月前に児童が車に撥ねられるという痛ましい事故があったことを思い出したからだ。
あの影の大きさ、形・・・・。
あのジャージ男のように明確に人間とわかるわけではない。しかし、恐らく間違ってはいないのだろう。両者の区別がハッキリとつく原因は、生きているか死んでいるか。すでに死んでいる黒い影のモンスターたちを倒しても、現実で俺が罰せられることはないだろう。しかし、生きて存在している者を害すれば、やはりゲーム終了後に何か齟齬が起きてくると思われる。
NPCは傷つけないようにしよう。
ホームセンターの駐輪場で自転車を止めて中へ入る。
普段は、両親の買い物の付き合いで訪れる程度で、俺自身には余り縁のない店だ。
広い敷地の外側は駐車場と家庭菜園用の花の苗やレンガなどが置かれている。店内は2階建てで、1階に日用品、2階はペットショップが主に売り場を占めている。
広い店内へ足を踏み入れると右側から注意深く進んでいく。まずは、店内に敵が出現するかを確かめないと安心してアイテム探しをできない。画面をじっと見つめるのは大きな隙になる。
一階を軽く一周すると、中央通路の見通しのよい場所で足を止める。
自宅でも、父親の会社の中でもそうだったように家屋内は敵は出現しないようだ。その分、この場所に有効なアイテムがあった場合、外に出た瞬間から強大な敵とぶつかる可能性がある。
恐らくは、あの児童だろう。
気乗りはしないが、モンスターである以上、いつまでも逃げ回ってはいられないだろう。
図鑑を確認すると、やはり
『男子児童 LV? HP:? MP:?
通学途中の児童。彷徨っている』
最寄の小学校へ行って教師を連れてきたら、学校へ連れていってくれたりは・・・しないだろう。
ジャージ男とは違う。児童はすでに人ではないのだから。
このゲームを作ったヤツ、最低だな。
言いようのない嫌悪感が湧いてくる。
父親の浮気疑惑、恋人へ付きまとうジャージ男。
ここまでは、現実として喜べはしないものの、受け入れられる話だ。生きていれば、経験する可能性が十分にある未来だ。
だがしかし、男子児童は違う。
自分とは係わりのない事故によって命を落とした子供。その魂をモンスターとして出現させ、あまつさえ自分と戦わせる、つまり、児童にもう一度死を与えろというゲーム製作者。その意図通りに行動するのは大変不本意だ。
なんとか回避できないものか。
画面を見ながら店内を歩く。
途中途中でNPCに話かけてみるが、
『トイレットペーパー買わなきゃ』
『あれ、店員さんどこだろう?』
『レジ混んでるな』
『お菓子2つで500円か。買っちゃおうかな』
クエストとは関係ない日常の呟きばかりだった。
お菓子売り場で、なんとなく袋菓子を手に取ろうとして空振りした。
ん?
再度、袋菓子に手を伸ばす。
まるで何もない空間のように空振りする。
他の菓子類で試しても同様だ。
隣の通路にある酒のつまみコーナーでも試みるが空振りする。
これはもしかして。
ゲームあるある『イベントに関係のあるモノしか使えない』現象だろうか。
脱出系ゲームで頻繁に遭遇する、目の前のイスや机に登ればいいのに、脚立を別の部屋から持ってくるような手間の係る制約。そういえば、自宅の食器棚もあれほど暴れたにもかかわらず揺れただけでガラス1枚割れなかった。
それは、つまり、ここに武器としてのアイテムがなかった場合、鉄の短剣のままで戦わなければならないということだ。
最悪、シャベルか鉈を借りようと思ってたのに。
目論見が外れて肩を落とす。
どうにか、使えるアイテムか現状打破できるクエストが発生しますように。
祈るような気持ちで店内探索を再開した。