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今、何て言った?
俺は、声の聞こえた方向に耳を澄ます。
『翔子。可愛いよ、翔子』
オイ、何勝手に人の彼女を呼び捨てにしてくれてんだよ!
もちろん、間違いなく世界一可愛いけども!
俺は内心の憤りを表に出さないように慎重に門の方へ進んで道路に顔だけ出す。見える範囲に、ジャージ男の姿はない。声の聞こえてきた方向から察するに、恐らく俺の追跡を諦めて翔子の家の近くへ戻ったのではないだろうか。
慎重に、潜んでいた庭へ戻ると画面を確認する。
期待通り、詳細なステータスは記載されていなかったが、ジャージ男が図鑑に登録されていた。
『ジャージ男 LV? HP:? MP:?
望月 翔子のストーカー
タナカを憎んでいる』
なんだよ、これ。
俺は、そこに記載された文字を何度も見返す。
翔子にストーカー?
そんなこと、聞いてないぞ。
いや・・・そういえば・・・
翔子とした過去の会話を思い出してみる。
そういえば、高校の時、バイト先の先輩とやらがしつこく遊びに誘ってくるって話をしていたな。
受験生に何言ってんだろうね、って2人で話して、その後、受験勉強のラストスパートだからって夏前に辞める時にも連絡先を聞いてきて困ったって話しを聞いた。勿論、ただのバイト先の人で、特別仲も良くなかったから教えていない、という話だったはずだ。
その結果が、ストーカーか。
なるほど、それは俺に殺意を抱くわけだ。
さて、相手の凶行の理由がわかったところでどうするか。
1:倒す。
2:見なかったことにしてゲーム終了を目指す。
3:倒さずにジャージ男を捕縛して、望月家から物理的に離す。
1は、ゲーム終了時に殺人犯になるリスクがある。
2は、ゲーム終了後にリアルでジャージ男と正面対決だな。父親の浮気の件と同時処理になるのが面倒だが、やらないわけにはいかない。
3は、絶対にやらなければならないわけではないが、愛する恋人の家の前に、ゲーム終了させるまでストーカー男が存在するという不愉快さがある。捕縛するには、それなりのLVが要求されるが、現段階の自分の強さはどうなっているのか。
ステータス画面を確認しようとして、MAPが目に入る。
望月家から300m程の距離に、光エフェクトがある。自分の記憶のから地図の場所を特定すると、俺はスマートフォンをポケットに閉まって、望月家の前を通らない方向へと慎重に歩き出した。
『死ね死ね死ねぇぇぇぇ!』
ジャージ男が、俺に向かって突撃してくる。俺は、ソレを確認してから捕まらないようにギリギリの速度で走って角を曲がる。
「おまわりさん!助けてください!」
警察官 『大丈夫かい!こら、お前は何をしているんだ!』
ジャージ男 『うるせえ!コイツを殺すんだ!』
警察官 『!!』
よし、上手くいった!
俺は、目前で繰り広げられる警察官NPCとジャージ男の戦闘を見物している。
可能性に賭けて交番へ行ったのは正しかった。
交番で警察官NPCへ話しかけると選択肢が提示されたのだ。
1:いつもお疲れ様です。
2:望月さんの家の前に不審な男がいます。
もちろん、2を選択したさ。その結果、警察官NPCをここまで誘導してくることに成功し、俺は相手の殺意の証明をしてみせたわけだ。
さすがは現職の警察官なのか、それとも警察官には勝てない仕様なのか、ジャージ男が拘束されて連れて行かれる。これが、リアルならば警察官が1人で不審者に対応、拘束、連行はしないのだろうが、その辺りはゲームだからリアリティを追及してはいけないのかもしれない。最も、あの交番に2人以上の警察官が詰めている所を俺はみたことがないのだけれど、現実に通報があった場合は応援を呼ぶのだろうか?
そんな疑問を感じつつも、当面の危機が去ったことで俺は安心して攻略を再開できる。
何をするつもりだったっけ?
ああ、そうそう、ステータスの確認だったか。
思い出したが、先程のドタバタの最中に軽くだが、確認は済ませてしまっていた。LVは順調に上がっている。一体、いくつまでLVを上げれば魔王に挑戦しても良いのだろうか?今までにプレイしたRPGのことを思い出すと、やり込んでいて必要なスキル、最低限の防具があればLV10でも可能だったゲームもあるが、初プレイ王道RPGであれば最低LV40は欲しいところだ。
現在のLVが15か。
まだ早いな。
俺はため息をつく。
ストーカー男は、イベント扱いだから経験値は入手できていないはずだ。犬型猫型のみでLV15なのは仕方がないだろう。
やっぱり最初の村周辺のモンスターは弱いし、取得経験値が低いのは仕方がないよな。
もう少し難易度を上げる必要があるか。
あと、ずっと鉄の短剣を使っているけれど、そろそろ他の装備も欲しい。どこへ行けば手に入るだろうか?やはりモンスターからのドロップ品か?しかし、雑魚からは雑魚に相応しいアイテムしか手に入らないだろう。武器屋や防具屋があればいいのに、と考えて可能性にたどり着いた。
RPGとは違うけれど、リアルを舞台にしたゲームといえば、ホームセンターじゃないか?
幸いにして、望月家から自転車で10分程の距離に大きめのホームセンターがある。行ってみる価値はあるかもしれない。と、なるとモンスター遭遇の危険も考えて、自転車で走り抜ければいいのではないだろうか?ここから一度自宅に戻り自転車に乗った方が、普通に徒歩で向かうよりも確実に早く着く。
残念ながら、免許はまだ持っていないので選択肢は自転車オンリーだ。
そうと決まれば、早速家に戻ろう。
俺は、何やら意味のわからない叫び声をあげているストーカー男の声を背中に聞きながら自宅の方向へ歩き出した。
俺の判断が間違っていたことを知るのはゲーム終了から数ヶ月後になるが、この時の俺はそのことにまったく気がつかなかった。