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 玄関で、靴箱の上にスマートフォンを置き、右手に鉄の短剣、左手に『父親の弁当』を持って軽く素振りをする。



 チャチャーン!

『片手剣熟練度1獲得

片手剣熟練度1獲得

片手剣熟練度1獲得

片手剣熟練度1獲得

片手剣熟練度1獲得』


 画面のログを確認しながら素振りを続ける。


 チャチャーン!

 『片手剣熟練度1獲得

  片手剣スキルレベル1習得

  突進斬りレベル1習得』


 おお、技を一つ覚えた。

 メニューにある『図鑑』の『スキル・技』ページを見てみる。


 『突進斬り:走りながら敵を切り裂く。攻撃力+5スピード+5防御-5』


 素振りをしたり、食器棚に八つ当たりしているだけで熟練度を獲得していたから、もしやと思って試してみたが、正解だったようだ。


 試しに、短剣を構えて突き出してみる。

 特に変化はなかった。

 最初のスキルを獲得するまでのサービスだったようで、これ以上は上がらないようだ。

 使える土台だけ作って後は、実戦で上げていけということだろう。

 時計を確認する。


 8時30分。


 よし、今の所、順調だ。

 今度こそ、行くぞ!

 スマートフォンをパンツのポケットに突っ込んで、玄関のドアを開ける。


 右手に鉄の短剣、左手に『父親の弁当』

 なんとも間抜けな装備だ。

 しかし、現状、これしかないので仕方がない。


 外は、普通だった。

 見慣れた風景。

 爽やかな朝の日差しが住宅街を照らしている。


 俺は、ホッとため息をつく。

 視認出来るところに敵影はない。

 スマートフォンからも警戒音が鳴らないということは、おそらく平気だろう。

 平凡な住宅街の一軒家である我が家の玄関を出て、門扉に手をかけて道路を見る。

 こちらにもモンスターらしき姿はない。が、右数メートル先に数人の主婦の姿が見えた。


 あれは、お隣の向井さんと三軒隣の小堺さん、あと角の酒屋の石狩さん・・・かな?

 普段から集まって井戸端会議をしている主婦3人組みだ。


 困ったな。


 親父オヤジの職場は、20人足らずの小さな会社だけど、他所では扱っていない特殊な精密機器を作っているらしく地元新聞にたまに載るくらいは有名だ。3人組のいる方向から10分程の距離だ。

 母親の件で、恐らく彼女達もNPC化しているだろうとわかってはいるけれど、もしもの事を思うと躊躇してしまう。


 親父オヤジの弁当は良いとして、コレがな。


 右手の短剣を見る。


 玩具の剣を振り回して遊んでました、で許される年齢ではない。

 もしも、彼女達がNPCでなかった場合、今後の人生に大きなマイナスイメージを背負うことになる。


 多分、最初の戦闘の時には、警告が流れるだろうし。


 俺は、短剣をパンツの後ろポケットに入れて歩き出す。

 3人とすれ違う時にいつものように軽く会釈する。

 大きな声で挨拶するような時代はもう過ぎたのだ。


 『・・・で・・・噂!』

 『まあー!』

 『やっぱり・・・!』


 3人は、俺のことなど見向きもしないで話し込んでいる。

 わざとにゆっくりと歩きながら聞き耳を立てる。


 『・・・で・・・噂!』

 『まあー!』

 『やっぱり・・・!』


 よしっ!


 同じセリフを繰り返している。

 やはりNPC化しているようだ。

 と、なると俄然、話題が気になってくる。

 NPCのセリフはヒントでもあるのだ。無意味なことも多々あるけれど、聞いておいて損はないだろう。

 そう判断して来た道を戻る。

 すぐ横に立っても彼女達は、まったく反応を示さない。



 向井 『昨日隣町で見たのよ。本当だったのね、あの噂!』

 小堺 『まあー!』

 石狩 『やっぱり!田中さんの奥様は知っているのかしら!』


 田中さんの奥様?

 つまり、ウチの母親のことだ。

 なんだ、噂って。

 首を捻る俺の横で3人はずっと同じセリフを繰り返している。


 向井 『昨日隣町で見たのよ。本当だったのね、あの噂!』

 小堺 『まあー!』

 石狩 『やっぱり!田中さんの奥様は知っているのかしら!』


 話かけたら反応するだろうか?

 クエストNPC以外は、あまり多くのセリフを話さないのが定石だ。


 一応、試してみるか。


 「こんにちは」


 俺が話しかけると3人はビクッと身体を震わせて頭上に『!』アイコンを浮かべた。



 向井 『あっ。タナカ』

 小堺 『まぁ、お使いかい?偉いねえ』

 石狩 『お母さんは家かい?』


 なんだかとても動揺している様子だ。

 そしてセリフが、小学生に話しかけるような感じだ。

 RPGの勇者って、子供な設定が多いから、その影響だろうか。


 「噂って何ですか?」


 向井 『あっ。タナカ』

 小堺 『まぁ、お使いかい?偉いねえ』

 石狩 『お母さんは家かい?』


 3人は同じ挙動を繰り返す。

 どうやら、詳細は教えてもらえないようだ。


 勇者であるタナカの家に関する噂話。


 それが、このNPCの役割らしい。

 恐らく何かしら意味があるのだろう。

 クエスト『父親の会社まで弁当を届けよう』なのだから、両親のどちらか、若しくは両方に係わりのある噂なのだろう。

 歩きながら幾つかの推測をする。


 母親は知っているのか、と言われるような主婦の噂話。

 まず思い当たるのが『父親の浮気』だ。

 このクエストで、父親に会いにいかされているのも予測を裏付ける。


 もし、その予測が当たりならば随分と子供には酷なイベントである。

 自分は、もう19だし、世間にはありふれた男女の物語だということは理解できるけれど、自分の両親にそうなって欲しいわけではない。


 そもそも、このゲームは何の目的で作られたのか。

 自分と同じように、このゲームに閉じ込められたプレイヤーはいるのか。

 実は、これは俺の見ている夢なのか?


 パンっと自分の頬を叩いてみる。


 痛い。


 ここまでリアルな夢を見たことはないし、やはりゲームの中なのだろうと思う。


 もし、不特定多数が、同じ状況でそれぞれの街でプレイしているのならば長くプレイして日本中を旅すれば出会えることもあるかもしれない。

 しかし、自分の目的は最短攻略だ。


 深く考えたら泥沼に嵌るかもしれない。

 あくまでこういうストーリー展開なのだと割り切ろう。


 俺は、そう決めた。


 しばらくすると、父親の勤める会社が見えてくる。

 会社の始業時間は9時。

 外の駐車場で、事務員の制服を着た女性が道路沿いに置いてあるプランターに向かった水をやっている。自分と同じくらいの年齢の女性だ。事務員らしく髪を染めたりしていない清潔な感じの女性だ。


 「こんにちは」


 『今夜・・・』


 呟いて頭上に大きなピンクのハートマークを浮かべる。

 どうやら、彼女も今日はデートの予定らしい。

 会話にならないので、俺は勝手に事務所の入り口のドアを開ける。

 キンコーン、と来訪を告げる音が鳴る。

 しかし、事務所にいる数名の人物は反応を示さない。

 建物に入った音はゲームシステムではなく、元々、この会社の仕様なのだろう。

 数回開け閉めを繰り返して音を鳴らしても誰も反応はしなかった。


 父親は、廊下の片隅で立っていた。

 片手に携帯電話を持っている。ポーズから推測するにメールを打っているようだ。


 母親オフクロに弁当忘れたってメールしているんだろうか?


 何気なく覗き込む。


 『僕も楽しみにしてるよ(〃∇〃)

  14時に【マウンテン】で待ってるね』


 父親のメールの内容に、やっぱりか、とため息をつく。

 今まで、自分に送られてきたメールに顔文字なんか使われたことはないし、【マウンテン】は隣町にあるお洒落な喫茶店だ。

 昨夜の父親のセリフを思い出す。


 【明日は、休日出勤になった。1日拘束される】


 このゲームと、昨日までのリアルが繋がっている世界ならば、父親は、母親に嘘をついたということになる。


 最悪、本当のリアルの父親も浮気しているかもしれない。


 メールを打ちながらイヤらしくニヤニヤしている(ように見える)父親を見ながら考える。


 14時に【マウンテン】で待ち合わせとなると、翔子とのデートと時間が被ってくる。

 その時間までに、このゲームを終わらせてしまうつもりだ。


 どうする?


 このゲーム上の父親オヤジの浮気は、放置でいいか。

 ゲームクリアして、リアルで母親オフクロに弁当を頼まれたら持っていって父親にそれとなく釘を刺そう。今までの記憶で、父親オヤジが外泊したことはないから、まだ未然に防げる程度の交際だろう。


 そう決めて父親に弁当を渡そうとして、ふと、


 一応、他のNPCとも会話しておこう


 と思い直した。

 弁当を渡したらクエストが終了、もしくは新しいクエストが継続発生する可能性がある。

 今聞ける内容が消えてしまうかもしれない。


 俺は、会社中を廻って一通り話しかけてみた。

 総合すると、父親の浮気を裏付けるような噂が幾つかと、社長さんが、朝礼のスピーチの内容に非常に頭を悩ませていることがわかった。社長さん、毎朝お疲れ様です。


 そして、父親オヤジよ、自宅にも近く、家族ぐるみのお付き合いのあるような会社にばれるような浮気の仕方をするな、バカなのか!


 ピコーン!


 スマートフォンを取り出して画面を見つめた。そこには、


 『父親への好感度が1下がりました』



 アホか!1どころの話じゃねーよ!


 

 



 




 


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