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 さて、ここで一度、俺自身のことについて語っておこう。


 プレイヤーネーム『タナカ』

 本名、田中 哉太カナタ

 偶然か、親の渾身の冗談なのか、回文になっている。

 故に、プレイヤーネームは、苗字でもあり、名前でもある。

 大学1年の19歳。長男一人っ子。

 実家暮らしで、幼馴染の望月 翔子と交際3ヶ月目に突入したばかりだ。


 今日、昼から翔子とデートの約束をしている。

 現在時刻は8時30分。

 約束は13時に最寄の地下鉄前だ。そこが2人の家の中間点なので、いつもの場所だ。

 長かった幼馴染期間を抜けて、やっと恋人らしい雰囲気になってきたところだ。

 


 だからこそ、俺は、即行でこのゲームをクリアしなければならないのだ。


 今日こそ、初キッスをするという目標のために!




 力強く自分の目標を再確認したところで、冷静になろう。

 まず、画面に表示されている『魔王の間』への入り口に目をやる。

 押せば今すぐにでも魔王とコンニチハ出来るようだ。

 が、生憎とレベル1 鉄の短剣 片手剣熟練度1/100 などという初期ステータスで特攻するほど、俺は愚か者ではない。

 死んでしまった場合、どうなるのか確証がない。

 画面右下にある設定画面に、アイテム獲得時などの音声on/offとヘルプの項目を発見する。


 『マップの光ってる場所にアイテムやクエストNPCがいるよ!

  装備を集めてレベルをあげてね!

  物語の進行でエンディングが変化するよ!

  魔王に負けてもレベルや装備はそのままで再スタートできるよ!

  ただし、街中のモンスターに負けるとゲームオーバーだよ!』


 なるほど。

 死に戻り可能か。しかも、強くて再挑戦リスタートとは、親切設計だ。

 この・・・『街中のモンスターに負けるとゲームオーバーだよ!』が、無ければなっ!


 まず、レベルと上げなければ魔王討伐どころではない。

 しかし、街中そのへんモンスター(雑魚)に負けると強制ゲームオーバー。


 どうするか。


 マップ画面を見つめると、どうも1階に光のエフェクトがあるようだ。

 場所は、台所?


 俺は、慎重に階段を下りる。

 自宅内でこれほど緊迫感を感じたのは、中2の夏、深夜に友達と待ち合わせをしていて家を抜け出そうとした時以来だ。あれは、大冒険だった。と、いっても近所の公園でジュースを飲んで帰っただけなのだが、俺の歴史では大事件だった。

 今の、モンスターを警戒している状況に比べれば些細な事件だけどな。


 何事もなく台所に到着すると、母親がキッチンに立っている。

 どうやら、朝食の後片付けをしているようなのだが、その頭上がキラキラと光っている。


 「おふくろ」


 声をかけると、ピコーンとスマートフォンから軽快な音がした。

 『クエスト発見!』の文字が表示されている。

 母親が、ゆっくりと俺の方へ顔を向ける。


 『あ、タナカ。悪いんだけど、お父さんに忘れ物を届けてくれない?』


 と、テーブルの上にある弁当箱を指さした。


 タ・ナ・カ


 間違いなく母親で、声も母親そのものなのに、どこかぎこちない。

 ものすごくNPCっぽくなってる・・・


 俺は、自分の母親の姿をしたNPCを唖然と見つめる。

 暫くすると、母親は再び朝食の片付けを始めてしまった。

 皿を洗って水で流す、その綺麗になった皿をまた洗剤の付いたスポンジで洗って水で流す。エンドレスだ。


 もしかして、このクエストを終了するまで、母親はずっとこの動作を繰り返すのだろうか?


 背中から血の気が引いていくのを感じた。


 このゲームが終わるまで、俺以外の人はすべてNPCで、決められた動作をするのもしれない。


 くそったれがっ!


 俺は、左手で食器棚を殴った。

 ガシャンと音がして手ごたえはあったがガラスが割れたりはしなかった。


 チャチャーン!

 『格闘熟練度1獲得』



 なんだよ・・・これ・・・


 俺は、手当たり次第に暴れた。


 チャチャーン!

 『格闘熟練度1獲得

  格闘熟練度1獲得

  格闘熟練度1獲得

  投擲熟練度1獲得

  格闘熟練度1獲得』


 手元から場違いに明るい音がなり続ける。


 ダメだ。

 八つ当たりしても状況は変わらない。

 無駄なことで体力を使うのはやめよう。


 チャチャーン!

 『精神耐性1上昇』


 本格的に虚しくなってきた。


 冷静になってくると、急に時間が気になった。


 こんなことをしていたら昼までにクリア出来ないじゃないか。


 家の時計を見ると8時30分だった。


 あれ?


 ゲーム画面を確認しても変わっていない。


 クエスト進行で時間が進むタイプか?

 これは、試してみないことにはわからない。

 俺は、テーブルの上の弁当を手に取る。


 チャチャーン!

 『クエスト開始

  父親の会社まで弁当を届けよう』


 『よろしくお願いね。タナカ』


 母親が、一瞬だけ振り返って笑顔でそう言った。


 「わかったよ。オフクロ」


 俺は、弁当を持って玄関へ向かった。

 靴を履いてドアを開けようとすると、


 ピコーン!

 『警告!

  家の外にはモンスターが出るよ!』


 どうやら、自宅は安全圏だったらしい。

 ゴクリと喉を鳴らす。


 いよいよ、モンスターとご対面か。

 しかし、進まねば終わらない。

 俺は、気合でドアを開けて外に出た。が、すぐに戻った。


 鉄の短剣、部屋に置いたままだった。


 やべー、丸腰で戦うところだった。


 






  



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