04 最古のアークポリスを訪ねた。
電子人は、電気的な情報素子によって構成されている。
そのため彼らは、電波に乗って遠方へ旅することができるのだそうだ。
「この光の水はゲートだ。僕たち旧人類はこのゲートで、地球上どこであろうが……いいや、たとえ目的地が月面であろうが、光の早さで一足お先に明日へダッシュ……というわけなのさ」
「ええと、つまり瞬間移動ってことですか?」
「イグザクトリー(その通りでございます)。ではいざ行こう」
私たちは光の湖へ足を踏み入れた。
光の水の中央から、金と銀の斧をたずさえた銅製の女神像が現れた。
女神が透き通った声でたずねた。
“私が右手に持っているのは金の斧。左手に持っているのは銀の斧。”
“さて問題。若さって何?”
……??
「ははは、困惑しているね? これはただのパスワード確認だよ。いいかい、大きな声でこう答えるのさ」
旧人類さまが息を大きく吸った。
「ふりむかないことさ!」
“正直者には、よろしく勇気!”
湖がさざ波だって、金色の光に満ちた。
その光の奔流は、天高くに迸った。
私は目を開けていられなかった。
やがて光が弱くなっていき、気がついたときには――
光の湖には、私しかいなかった。
ーーーーーー
目の前には黄金の木があった。
木の枝には小鳥達がさえずっていた。
“ここに小さいつづらと、大きいつづらがあります。”
“さて問題。若さって何?”
「ふ、ふりむかないこと……」
“無欲なあなたに、よろしく未来!”
ーーーーーー
「……やあ、ずいぶん時間がかかったね。海外のサーバーでも経由されたのかい?」
私が旧人類さまに追いついたのは、1時間くらい後だった。
だいぶ湖の使用に躊躇した末、いつまでたっても状況が変化しないので、意をけっして飛び込んだのである。
着いた先は無重力の閉鎖空間だった。
大きなパイプの内側のような世界だった。
壁は銀の計器で埋め尽くされていた。
先についていた旧人類さまが裸で浮かんで――
「って、なんであなた裸なんですか?!」
「ははは、それは君もじゃないか」
「え?!」
自分の身体を確認すると、生まれたままの姿だった。
「ッッッ!」
「アークポリスへ入るときに、自分の服をイメージしないとそうなるわけだ」
丸まって隠そうにも、無重力のせいで隠せている気がしない。
少なくともお尻は丸見えだろう……。
「っていうか、なんで旧人類さまも裸に?!」
「うん、それについては窓の外を見てほしい」
旧人類さまが窓の外を指差した。
そこには息をのむ光景が広がっていた。
碧く、美しい水の星。
台風が赤道付近に渦巻き、大気は青くきらめいていた。
「母なる星、地球。そのガイアの煌めきは、窓から差し込む1条の閃光となって、必ずや僕らの秘部を隠すことだろう……。この現象を古い言葉で、『謎の光』と言う」
「わかんない……さっぱりわかんない!」
「円盤を買うと、上半身の『謎の光』は消えるという場合もあったそうだが」
「上半身も下半身もだめえぇ!」
「君は本当、放送倫理に厳しいな。電子人は非実在だから、そんなに目くじらをたてることもなかろう」
まったくまったくと言いながら、旧人類さまは服をどこからともなく取り出して身にまとった。
胸に「2-3」という謎の数字があしらわれた白の水着だった。
私にも同様のものの紺が支給された。
こちらは「3–B」とあった。
例のごとく、どんな意味があるのかは知らない。
「さて、ここは」
旧人類さまが語り始めた。
無重力のせいで、聞こうとしても落ち着かない。
「地上から約400キロメートル、地球の熱圏を周回する『世界最古のアークポリス』、ザイオンだ。もともとは、旧暦21世紀世紀中頃ぐらいに打ち捨てられた、ISSとかいう研究施設を、どこぞの大富豪が買い取り、仮想AIのテーマパーク『ドリームランド』をつくったのが始まりだと、クトゥルフ神話では伝えられている」
神話にまでなっているとは。
想像するに、とても長い歴史があるのだろう。
ドリームランド……夢の国、か。
「そこからさらに数世紀後に、思考回路を電気的に複製する技術が確立した。この頃、『2次元の世界で嫁と暮らしたい』とかいう一部の物好きのお金持ちが、仮想世界に移住をはじめた。これを電子植民という。その一部はドリームランドにも移住した。住民はこのドリームランドの“先住触手”と日夜マトリックスごっこに明け暮れ、やがて自分達の住む場所を映画になぞらえて『ザイオン』と呼ぶようになったという」
先住触手?
「ドリームランドだもの、触手ぐらいはいるさ」
どんな悪夢の国だ。
「やがて勃発した最終戦争のとき、地上の仮想世界はことごとく破壊されてしまった。このザイオンは電子植民者達の最後の土地となった。戻るべき生身の肉体が永久に失われたと悟った彼らは、人類であったことに別れをつげ、晴れて僕らの子孫・電子人となったのだ。ゆえにここは、僕ら旧人類のはじまりの地なのだよ」
旧人類さまが空間の奥へ進んで行った。
手招きをするのでついて行った。
「そして同時に、君ら新人類のはじまりの地でもある。ごらん」
開けた空間にでた。
そこには、直径10メートルほどの緑の水晶が浮かんでいた。
「これは『生命の記憶』なのだ」