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03 人類の歴史を勉強した。

 もう1度ピンクの「どこにでも行けるドア」をくぐり、次に目の前に現れたのは巨大な図書館だった。


 最初は、部屋の中にビルが建っているのだと思った。

 だが違った。


 ビルに見えた物は、首が痛くなるほどの高さをほこる本棚だったのだ。

 それが一定の間隔で立ち並んでいたのである。

 通路はと言うと、これはビル状本棚の合間に沿うように空中に浮かんでいる。

 それが上のほうまで、等間隔で続いているらしい。

 さながら工事現場で建物の周りにつくられる足場のようだ。


 足場の淵まで歩いていった私は、恐怖に腰を抜かした。

 今私がいる通路の下にも、やはり等間隔で足場が浮いているようだ。

 その底は見えない。


 何もかもが、果てしが無い。


「ここの部屋には、新人類の文化風俗生体の資料が保存されている」

「え、この部屋全部ですか? というか、どこまでが部屋……?」

「この部屋だってほんの一部さ。何せ君たちの歴史は、すでに20世紀近くあるわけだからね。さてさて、あいつはどこにいるのかな……」


 旧人類さまは、あたりを見回して誰かを探した。

 そして30秒とせずに諦めた。


「まあいいや、先に見せたいものがあったのだ」


 旧人類さまはどこかを目指し歩き始めた。


 この図書館にはポツリポツリと人がいた。

 若いメガネの男性、若いメガネの女性、すごく若い男性、すごく若い女性。本を読む……赤……ちゃん……?


「あの、なぜこんなに平均年齢が低いのでしょう?」

「人間大切なのは見た目じゃないよ」

「はあ」

「すまん、嘘だ。人間見た目は大切だよ」

「はあ……」


 質問の答えになってない。


「お、あったあった。これだよ」


 そう言って、旧人類さまは本棚から1冊の分厚い辞書のような本を取り出した。

 片手で軽々と取り出した。

 本の表紙にはこんなことが書かれていた。


『鯨でもわかる! 人類・旧人類・新人類史 著:欧州鯨保護機構』


「え、なんで鯨……?」

「将来的に鯨が人間と同じ文化水準になったときのために、こんな本をつくったらしいんだ。ダイレクトメッセージ方式だから、君たち新人類でも読むことができる」

「欧州鯨保護機構というのは」


 旧人類さまが少し困った顔をした。表情を変えるのは珍しい。


「今はあまり触れるべきじゃないと思う」

「はあ……?」

「向こうに読書スペースがあるんだ。行ってみよう」


 そこは宇宙だった。

 星々と銀河がきらめき、私たちはそこに設置されたフカフカのソファーに腰掛けていた。


「読書スペース……ああ、そっちの……」

「さっそく読んでみようじゃないか」


“2XXX年、世界は核の炎に包まれた!”


“しかし人類は死滅していなかった!”


 目の前に映写機で投影したかのような、幽かなスクリーンが現れた。

 そこには荒廃した住宅街、廃墟と化した摩天楼、猿の惑星と化した巨大な女神像が映し出されていた。


“この最終戦争により、人類ホモサピエンスは2つの系統にわかれました。”


“核シェルターや、南極などの戦闘地域外にいたことで生き延びた純粋人類。”


 スクリーンに裸の男女が現れた。

 男は右手を「やあ」といった感じにあげていた。


“そして、すでにアークポリスに住んでいた少数の電子人。後の世で、旧人類と呼ばれることになる系統です。”


“純粋人類の多くは最初南極大陸に移住しました。統一政府時代、十八女王国時代をへて、いろいろあって、滅びました。”


 南極に移住する様子、戦乱の様子、再び南極から世界各地へ広がる様子がダイジェストで映され、最期は地球が白い氷で閉ざされる様子で終了した。


「なんだか、ざっくりとしているのですが」

「まあ鯨でもわかるしなあ」


“電子人は、最初は外世界との接触を最小限にとどめていました。彼らの技術力があれば、再び純粋人類の繁栄もあったのかもしれませんが、彼らはそれを良しとはしませんでした。”


“電子人の一部は星に旅立ちました。今は誰も、彼らの行方を知りません。”


“氷河期が終わりを告げた頃、丘の上には何もありませんでした。これを悲しんだ電子人は、DNAのバックアップから地球再生をはじめました。やがて地上が再生した頃、旧ホモサピエンスのDNAを電子人に都合のいいように書き換え、もう一度地上に解き放ちました。この年を新暦元年とし、この新しい人類を『新人類』と呼び、電子人は自らを『旧人類』と自称するようになりました。”


“これが人類・旧人類・新人類の歩みです。次は鯨と人間の――”


 旧人類さまがリモコンを操作すると、スクリーンも宇宙も消えた。そこは巨大な図書館に戻っていた。


「まあ、ここまででいいだろう。このあと延々半日続くからね」


 と、私たちに誰かが近づいて来た。

 スキンヘッドでサングラスの、いかつい男性だ。


 私は彼に向き直り、背中の露出を見られまいと務めた。

 何せ下着割烹着なのだ。


「やあやあ、ラッシュ。あいかわらず禿げ上がっているね」

「ハゲではない、スキンヘッドだと何度言えばわかる!」


 スキンヘッドが怒った。

 旧人類さまが、スキンヘッドの男を私に紹介した。


「彼はこのアーカイブスの管理者の1人、ラシャヴェラクだ。ハゲを趣味としている」

「スキンヘッドの格好よさもわからんのか、小娘」


 小娘という言葉に、私は少しびくりとした。

 スキンヘッドが私を見とがめた。


「ん、お前また新人類をアブダクトしてきたのか?」

誘拐アブダクトとは失礼を言ってくれるじゃないか。彼女の勉強のため連れて来ただけだよ。双方合意の上だったさ」


 ……そうだっただろうか……。


「で? 今日はどのような御用向きで? 文化学者様」

「うん、この本をアーカーブスに寄贈したいと思ってね……」


 どこからともなく、旧人類さまが1冊の本を取り出した。

 それは、祖母の机の上にあった本だった。

 先ほど、旧人類さまがイスの上で読んでいた本であった。


「あ! それ、いつの間に持って来てたんですか?!」

「持って来たというのは正確じゃない。今僕の手元にあるのは、あくまでもデータにすぎないわけだよ。先ほど、君の家の書庫でスキャニングさせてもらっていたというわけだ」

「そんな泥棒みたいな……」

「無礼な。僕は彼女に、知識を得るための効率的手段をたくさん託していた。そのかわり、彼女の研究成果は全て僕にも利用する権利があるのだ」


 その契約内容はなんとなく、悪魔の取引にも似ていると感じた。


 祖母の本を受け取ったスキンヘッドは、感嘆の声をあげた。


「実にすばらしい資料だ……流石は博士だな」

「心して読みたまえ。『東洋の柳田國男』最後の本だ」

「柳田邦男は最初から東洋だろう。しかし彼女も“無くなって”しまったか。新人類と言うのは耐久年数が短いからな……」


 6歳ぐらいの幼女と、スキンヘッドの中年が祖母の死を悼んでいた。

 不可思議な光景だった。


「ありがとう、これは我らがアーカイブスのかけがえのない宝となるだろう」


 旧人類さまが応えるように微笑んだ。

 そう言えば、このニューアテネの中に入ってからはそれなりに表情が変化していた。


「それはよかった。ところで振込の方なのだが」

「ああ――……」

「いつもの口座で頼むよ」


 しばしの沈黙の後、スキンヘッドが口を開いた。


「……まあ、今日中にやっておいてやろう」


 旧人類さまが、仏のような優しい顔になった。

 菩薩だ。

 汚い菩薩だ。


「ラッシュ。君のそういう誠実さが、僕は好きだ」

「そうかい。俺はお前のそういうガメツさが嫌いだがね」


 吐き捨てて、スキンヘッドは去っていった。


 旧人類さまが私に向き直った。


「さて最後にもう1カ所、君に見せておきたい場所があるのだ」


 辺りの景色がまた変わった。

 神秘的な森の中にいた。

 そこには光る湖が広がっていた。


「僕らと君らの始まりの地。世界最古のアークポリスに連れて行ってあげよう」


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