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涙を売る男(改定)

作者: 広瀬六



(※大体の内容は一緒ですが、時間の経過や細かい描写を付け加えました。

結末も原版より少し変わります。どちらがお好みですか?)



とある一年中雪が降る小さな町に、人々の涙を宝石にして売る男がいた。

思いやる気持ちは、橙色。

穏やかな願いは、翡翠色。

燃えるような恋は、紅蓮色。

男が父親の仕事を継いだ時はこの町はもちろん、海を越えた遠い国でも人気があった。

驚くような高い値がつき、緻密な技術に誰もが感心し、

独特な宝石の色や輝きに多くの人が酔いしれていた。


だが、ここ数年は不景気も背景に思うように売上が伸びない。

生活することももちろん苦しくなった。

亡くなった父を継いでいるといえど、

変わった仕事を続けている男は何かと悪いうわさをたてられた。


男は数日間、憂鬱な気分になり寝込むことが日常になった。

そんなある日のこと、店じまいも同然な暗真っ暗な店先に、何者かが訪ねてきた。


ドアを開けると、10代~20代半ばの美しい少女が立っている。

都から来たのか、ロイヤルブルーを基調とした服。

流れる髪は、さらさらと流れそうな金色。

薄い唇には、あたたかくやわらかな笑み。

細い首には、ぎらりと輝く橙色の琥珀の首飾り。

華奢な体は、触れたら壊れてしまいそうな儚さ。


頭を掻きながら男は、その少女の繊細な風貌と、

不思議な光を放つ首飾りをじっと見つめた。


「お嬢ちゃん、それはどうしたんだい」

少女は、男の傷やら痣やら火傷だらけの右手を取りながら答える。

「これは、小さいころ死んでしまった母の形見です。

 作ってくれたのは、あなたですよね?」

間違いなく、その少し濁ったような橙色の輝きは涙でしか出せない色。

男がこっくりとうなずくと、少女は取り合った手をきゅっと握り返した。

「ずっとずっと、大事にしていたんです。これをつけていると、

 お母さんが、ずっとそばにいてくれているような気がするんです」

煤で黒くなった男の左手。少女の華奢で白い右手。

交わることはもう二度となさそうな手に、ぽたり、ぽたりと少女の涙が落ちた。

男はただただ黙って、ごくりと息を飲みこむ。

世界一美しい原石が、目の前にこぼれおちる様子を見つめながら。


君はどこから来たんだい、駅から遠いからつかれてないかい。

お母さんを思い出すかい、泣きたいときもあるよね。

男の錆びれた胸の中から、ゆっくりと言葉があふれてくる。

まるで少女の感情を細い刃で削りだし、形にしていくように。


私は遠い町から来ました、低い靴を履いているから平気です。

はい。毎晩思い出します、でも泣きたいときは、この子がいつも一緒ですから。

少女の涙が、世界一の美しい原石に見えたように。

少女の笑顔は、どんな完成品より美しかった。


ぶっきらぼうでめんどくさがりだと自負している男が、なぜか一生懸命になって。

あたたかくなるように暖炉を炊いたり、新しいコーヒーカップを出したり。

ただの「ものを生み出す機械」になっていた心が、ゆっくりと溶けはじめる。


宝石のようにきらきらひかるこの感情を「恋」だと自覚するのには、

いい大人になっている男に、時間はさほど必要なかった。

ものを作り出すことによって失っていた「人間らしい感情」を、

思いがけない少女との出会いによって取り戻した。


店の大きな鳩時計が、四回転するほどの時間をふたりで過ごし終える。

少女の首飾りのような橙色が窓辺に映る頃、男は小さな背中に手を振った。

生まれたての想いを、左心房の宝石箱にそっとしまいこみながら。


その後、男は軽やかな足取りで工房に戻る。

そして水晶のように透き通っている少女の涙をすくいあげて、そっとつぶやいた。

「この原石は、どんなに価値がついたって誰にも譲らない」


男の作る宝石に、「こころ」が芽生えたのはそのころだった。

少女という原動力に突き動かされて、翌朝から店を再開する準備をはじめた。

埃だらけの店をせき込みながら履き掃除し、カウンターには橙色の花を添えて。



*******************************************************




それから数年後、少女の原石は男の伴侶となる女性の指先に輝いている。

無論、その女性というのはかつての少女である。



「どんな有名な人が作る宝石より、あなたのつくる宝石は、世界でいちばん綺麗よ」

「だって、世界中の誰よりもこころが宿っているから。私は好きだよ」


彼女はそれを見つめる時は、いつも少女の時に戻ったようにやさしく笑っている。

毎日男の店を手伝う時ももちろん、毎晩男と枕を共にする時も。

言い争って喧嘩をしている時も、いとおしいものを撫でる時も。


「元気に育てばいいね。大丈夫、きっと」

「石みたいにかっちこちで、頑固な性格になっちゃったらどうする?」

「それは俺に似たからだって、そう言いたいんでしょ」


今日もふたりはおだやかに笑いあう。

煤で黒くなった男の左手と、少女の華奢で白い右手を重ねながら。


新しいいのちの誕生を待つふたりの枕元には、

彼女の母の橙色の首飾りと、ビンの中に入った紅蓮色の原石が。

満月の月明かりに照らされて、淡い光を放っている。







あとがき


友人からダメ出しをくらったので改定して書き直し。

描写を何かと細かくし過ぎたせいで、

ショート・ショートっていう概念が消えかける。

ほぼ普段通りの短編になってしまった。

スパッ!と結末が描かれてる感がなくなっちゃったなあ。


リズム感も改善できるように細かく文を分けました。

文章ひとつひとつのオサレ感がもっと出せたらいいなあ。


オチが軽い上にいいネタを無駄にしてるとのご意見もいただいたので、

少女の大切にしていた母の涙の宝石と、

のちに母となる少女の宝石をラストで隣あわせてみました。


前作じゃ展開早すぎ!もっと描写細かくしろよ!適当に書きすぎ!浮かばなかったのか広瀬!もっとふくらませよ!と思った方は是非とも読み比べていただけたら光栄です。



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