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第4話:回想(田辺克也)

俺は巡視兵に見つかったのかと飛び上がりそうになったが、どうも具合がおかしいことに気付いた。


巡視兵なら明かりで俺を照らしだすだろうし、『おい、そこの貴様!!』の台詞が飛んでくるはずだ。


「ねぇ、聞こえてないの?」


俺は再び驚く。

よく聞けばこれは明らかに少女の声だ。基地に女の子などいるはずがないのに(*1)。


俺は振り返ってその姿を探すが、それらしい影は全く見当たらない。


「一体どこにいる?」


「どこって、君の目の前だよ?あっ、ひょっとして君は耳と目が悪いのかな?」


悪戯っぽく響いた声だったが、是非ともそうであって欲しいと俺は切に思った。目も耳も異常ならこの現象にも納得がいくが、正常ならこれをどう受けとめればいいのだろうか?


俺の目の前には少女ではなく回天があり、声はそこから発せられているのだ。


ひょっとしてこれは夢なのではないか?夢なら全て説明がつくじゃないか。


痛いのは嫌だが、俺は頬を力任せに抓る。頼む、夢であってくれ。

頬が鬱血して紫に変色し、これ以上続ければねじ切れるという寸前でやめた。


激痛がヒリヒリと頬を突き刺し、最後の希望は絶たれた。


現実だ。

目の前の不可解な事象全てが現実だった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



保けたように俺はその場に立ちつくす。現実感がひどく希薄になり、揺らぐ。


「……一体何なんだよ……」


「それはこっちの台詞だよ?こんな時間に人をじろじろなめ回すように見ておいて」


回天は批難の声をかけてきたが、


「まあいいや、久しぶりの話し相手だし」


あっさり方針転換したらしい。だが俺はまだ半ば放心混乱の状態であった。


「……一体どういう事なんだ?……」


「ん?お話ししようって事だけど?」


違う。俺が尋きたいのはそのことじゃない。


─貴様は一体何なんだ?─


俺が口を開こうとした時、


「おい、貴様!!そこで何をしている!!」


俺は巡視兵の懐中電灯に照らし出された。

巡視兵が歩兵銃(*2)を構え、入口から俺に向かってゆっくり歩いてくる。


黒光りする銃口が冷たい光りを放っていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



巡視兵の乱入が俺の混乱に拍車をかけたのか、それから先の記憶はあやふやだ。


ただ覚えているのは、何故か巡視兵に咎められることはなく、『大丈夫だ。貴様はただ寝ぼけていただけだ』のような言葉をかけられたこと。

そして巡視兵が格納庫に鍵を掛けて去る時に、『“亡霊”め……』と呟いたことだけだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



そんなことを思い出しているうちに、いつのまにか俺は格納庫の前まで来ていた。


いつものように、いつかのように鉄扉を開ける。


「克ちゃん、おはよう」


もう昼を回った頃だというのにコイツは朝の挨拶を俺に掛けてきた。


「今起きたのか?」


呆れ気味に尋ねると


「だって今日は朝から誰も来なかったんだもん。仕方ないでしょう?」


あれから7日たった今でも基地は慌ただしい。


間もなく占領軍(*3)が来るらしく基地司令部は軍事機密書類(*4)やらを処分するのに必死で、一般兵は雑務などに追われていた。


そんな忙しいなか、基地の隅にある忌み嫌われ、戦争が終わった今や顧みられることのない格納庫に好き好んで入るやつは、俺を除けば一人ぐらいなもんだった。


「じゃあまだ菅原は来てなかったのか」


──菅原慶一朗──


回天搭乗員訓練生としてこの基地にやってきた小心者の少年兵だ。


15日以降、奴も毎日ここにやってくる。しかし俺と違って奴はどうやら別の事情で来ているようだ。


『特攻に未練があるんじゃない?』


コイツの話しによると菅原は自分が乗る予定だった回天を朝晩二度、おっかなびっくり点検整備に来るらしい。


配線の一本一本を丹念に調べ、操艇舵の作動確認、ワイヤーに弛みはないか、ボルトの緩みはないか、スクリューの歪みはないか、潜望鏡に曇りはないか。


他の回天が放置されるなかで、奴の回天は今すぐにでも炸薬と燃料を詰めれば出撃できる状態にあった(*5)。


「慶ちゃんとうとう諦めたのかな?」


「そうかもな」


その方がいい。俺は心中でそう思った。怖がりの菅原が何故特攻に執着するのかはわからない。しかし諦めるべきなのではないだろうか?


その時、鉄扉が開いた。


「おっと、噂をすればってやつだね。慶ちゃん、こんにちはー!!」


「お、俺に話し掛けるなっていつも言ってるだろ!!」


怯えを含んだ怒鳴り声を上げたのは鉄扉の前の身の丈四尺八寸(*6)ほどの小柄な少年兵、菅原だった。


「いつも“私”のために会いに来てくれてるんだからさ、挨拶の一つや二つしたっていいじゃない?」


「黙れよ!!いつもここに来ているのは、断じて貴様のためではないんだ!!」


根が小心である少年の足はガクガクと小刻みに震えている。


「だ、だいいち、“亡霊”なんて非科学的なものなんか、これっぽっちも信じているもんか!!」


俺は『“亡霊”に話し掛け返す時点でそれを認めたことになるのでは?』と思ったが口には出さない。今はとりあえず、


「まずは落ち着け菅原。一体なんの用なんだ?」


俺が声をかけると菅原は少し落ち着きを取り戻すが、“回天”への警戒は解いていない様子だ。狂犬のように飛び付いてくるわけでもあるまいに。


「田辺さん………司令がお呼びです。自分と一緒に来て下さい」


俺は驚いた。この基地の長たる司令が肉弾(*7)でしかない自分を呼び出すなどよほどのことが無ければ有り得ない。


「なぁに?克ちゃんと慶ちゃん揃って軍紀違反(*8)でもしちゃったの?」


「そんな訳ないだろ、阿呆」


軍紀違反などしていないつもりだ。もし違反していたとしても、司令が末端の兵を咎めるなど、悪餓鬼を校長が直々に叱るのとは訳が違うはずだ。

もしかすると俺と菅原は気付かずに相当な機密に触れてしまったのだろうか。だとすれば司令は機密書類と同様に処分する腹積もりなのかもしれない。


菅原がびくついていたのは、どうやら“回天”を前にしているからだけではなさそうだ。


「よし、わかった。行くとしよう」


俺は鉄扉に向かって歩き出す。


例えどういうことであろうとも、命令に従うのが軍に身を置いた者の宿命だ。従わなければ……


「ん、それじゃ、いってらっしゃーい」


呑気な“回天”の見送りを背に断頭台(*9)に向かうような気持ちで格納庫を後にした。




回想(田辺克也)


注.

*1.当時は女性兵士(WAVE)は皆無で基地に女性がいることは一部の例外を除いてほぼなかった

*2.ライフル銃のこと。ここでは三八年式歩兵銃

*3.連合国軍。主にアメリカ軍

*4.主に命令書や暗号帳など。機密書類の処分は司令官などが自宅に持ち帰り隠すこともあった。なのでごく稀に一般家庭から旧軍の兵器の設計図が発見される場合がある

*5.基地内や格納庫で爆発を起こさないようにするために、回天をはじめとする爆弾などは出撃直前まで信管や炸薬、燃料などを外していた

*6.当時、一般では尺貫法が用いられていた。4尺8寸は約145センチメートル

*7.ここでは特攻兵の意

*8.軍の規律を軍紀という。言わば軍隊内の法律のようなもの

*9.ギロチン

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