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第3話:回想(田辺克也)

─8月22日─



俺はいつものように基地の外れの第二格納庫へと向かう。目的はあの回天に会うためだ。


ミンミンとうるさい蝉時雨の中を歩きながら、そういえばあの時はまだ蝉は鳴いていなかったなと、アイツと出会った時を思い返してみた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



本格的な夏を目前にして蝉が鳴きだす少し前。俺は兵員輸送の幌付きトラックに揺られながら回天の搭乗員訓練生の一人としてこの基地にやってきた。


トラックの中の訓練生は『お国のために』と特攻に身を切るような思いで志願してきた少年兵がほとんどで、皆表情は硬く、喋ったり話しをしている者はいない。

全員がなんとも形容しがたい雰囲気を醸し出す中、普段通り無気力な様子の俺だけが場違いなくらい浮いていた。



基地に到着して基地司令官(*1)の訓辞を受けたあと、俺達は訓練教官の先導によって活気のない町工場のような雰囲気を放つ格納庫へと連れてこられた。


「これが貴様達が乗る“○六金物”(*2)、すなわち回天だ」


格納庫の大きな鉄扉が唸りをあげてゆっくり両側にスライドしてゆく。



─全員が息を飲んだ─



そして目に飛び込んできた物はレールに乗せられた何本もの魚雷。


「これ、が……?」


誰かが信じられないと呟くと、それが水面に投じた石となり、ざわめきの波紋が周囲に広がる。


そう、これこそが回天だった。


艦艇用魚雷(*3)に潜望鏡(*4)と操縦室、申し訳程度の操艇舵(*5)を取り付けただけのあまりに粗末な造り……


急ごしらえの兵器なので当たり前といったら当たり前だった。そもそも回天は相次ぐ撃沈で搭載する潜水艦が無くなり、有り余って在庫となってしまった酸素魚雷(*6)を改造したものなのだ。


生きようが死のうが構わないと考えていた俺ですら“これ”で死ぬのは御免だと思った。

自ら特攻を志願してきた他の訓練生がどれほどの衝撃を受けたのかは想像もつかない。


ひとしきりざわめくと、やがて全員が毒気を抜かれた青い顔で凪いだ水面のように黙りこくってしまった。



その後、格納庫をあとに俺達は粗末な長屋兵舎(*7)に案内され、そこで解散となった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



その日の夜、俺は昼間のせいかなかなか寝付くことが出来ずにいた。

頭の中にこれから先のことが思い浮かび、想像を廻らせてしまう。



想像の中の俺は額に『報国』(*8)と書かれた鉢巻きを絞め、土管の中のように薄暗くて窮屈な回天の操縦席に座っている

そして小さな潜望鏡を上げて海上を見ると、十字線の先に標的の敵空母(*9)が浮かんでいた

俺は潜望鏡を下げ、操艇舵を操作して炸薬1.6トンの矢尻を空母へと向けると、弦を引き絞るようにスロットルを徐々に引き、スクリューの回転数を上げてゆく

速度計の針が瞬く間に跳ね上がり、エンジンの爆音を艇内に轟かせ、回天は驀進する

そして大海翔ける矢のごとき回天は狙い違わず空母に突き刺さり……

眼も眩む閃光が暗い艇内に満ち、意識が業火で熔けるように霧散してゆく……



いつの間にか汗をびっしょりとかき、俺は気分が悪かった。


外の空気が吸いたい。俺は夜の散歩に出かけることを思い立った。


誰も起こさないように、音を起てないように、静かに布団から這い出すと、硝子に紙テープが×印を描く窓(*10)からこっそりと寝静まった兵舎を抜け出した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



俺は巡視兵(*11)に会わないように注意しながら、当てもなく星空の下を歩きだす。


もし巡視兵に出くわしたのなら間違いなく脱走の容疑がかけられ、捕縛、独房にブチ込まれるだろう。

それだけなら別に構わない気もするが、精神注入棒(*12)でめった叩きにされ、下手をすればその上で銃殺だ。


「そんな痛い目には合いたくないなあ」


大方の人間がそうであるように俺は痛いのが嫌いだ。いや、人の何倍も大嫌いだ。そして他人が痛がっている様子を見るのも嫌いだった。


「いつからだろうか?前は殴り合いの喧嘩なんかもよくやったのに」


そんなことを自問しているうちに俺はいつの間にか基地の隅の方まで歩いていた。


─やれやれ、今日は考え過ぎる日だったらしい─


そろそろ引き返すかと思った時、進行方向から明かりを持った巡視兵がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

どうやら巡視兵はまだ俺に気付いていない様子だったが、いずれ鉢合わせするかもしれない。


俺は近くの建物に忍び込みやり過ごすことにした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ここもか……」


うんざりと俺は呟く。俺が入ったこの建物もあの回天格納庫だった。


時間潰しにと俺は近くの白い線が数本書かれた回天のそばに寄ってしばらく観察してみる。しかし見れば見るほどただの魚雷にしか見えず、うんざりが増すばかりだった。


俺はため息をつき、もう巡視兵が行った頃だろうと踵を返した時、


「ちょと、そこのキミ!!」


不意に背後から声をかけられた。




回想(田辺克也)


*1.基地の最高責任者

*2.回天は“○六金物”(マルロクカナモノ)、“的”(テキ)などとも呼ばれた

*3.軍艦に搭載される魚雷の総称

*4.潜水艦や潜水艇(小さな潜水艦)に装備されている水中から水上を見る装置

*5.水中で機動するための舵のこと

*6.帝国海軍が開発した無雷跡魚雷。他国の魚雷を遥に越える高性能を誇った

*7.兵隊が寝食をすごすところ。長屋状であったり“三角兵舎”と呼ばれる寝かせた三角柱状のものもある

*8.『国に報いる』の意味。当時は七度生まれ変わっても国にに尽くそうという風潮があった

*9.航空母艦の略で、軍用飛行機を離発着出来るようにした軍艦。特攻はこの艦種を主な標的に定めた

*10.空襲で硝子が割れても辺りに飛び散らないように当時は紙テープを貼り付けた

*11.基地内を巡回し警戒に当たる兵

*12.懲罰などに用いられるバットほどの太さ棒。木製や鉄製で、尻を打ち据える。ケツバットの原形

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