二之宮(6)
「にーにお粥作ったよ」
ランドセルを背負った遊杏が盆にお粥と食パンとスクランブルエッグ、飲み物をのせてやってきた。洸祈はねだる小鳥達に餌を与える手を止めて遊杏からそれを受け取った。
「ありがとう。温かい内に食べさせるからな」
「うん!」
「赤いランドセル、似合ってるな。学校にいってらっしゃい」
「うん!」
と、扉を閉めて…………………。
「二之宮」
「まだ…寝かせて……」
「起きろ!」
寒さに踞る二之宮から布団を剥ぎ取った。二之宮がひゃっと声をあげて亀のように背中を天井に向けて丸々。
「病人に無理させるなよ……」
「杏がお前にお粥を作ってくれたんだ。食べて感想言うまで扉の向こうで待機するつもりだぞ。無遅刻無欠席、お前が杏の皆勤賞を消すか?」
「早くお粥寄越せ!」
二之宮は不安定に上体を起こして手を伸ばした。当然お粥の丼は熱い。
「あちっ」
「はぁ」
洸祈は溜め息を吐くとスプーンに一口お粥を掬い、手を添えて二之宮の口に持ってった。
「僕は食べさせてもらわなくても…」
そう口を広げた二之宮に洸祈は湯気の立つスプーンを入れた。
「んー!!!!!」
喉を押さえて二之宮はのたうちまわる。当然だ。
「どうだ、二之宮。杏が愛情込めて作ったお粥は」
少し大きな声で扉の向こうの遊杏に聞こえるように二之宮に訊ねる。二之宮はなんとか喉にお粥を通すと涙目で答えた。
「うん…美味しい。流石遊杏だ…」
………………バタバタ…………
「舌を火傷したよ…」
二之宮は息を吐くと体をベッドに勢いよく倒した。洸祈はその上から布団をかけてやる。
「ごめん、ごめん……熱計って」
二之宮の視界に翳した体温計を彼は目を逸らして無視した。
「二之宮!」
「熱があったら僕は今日一日このベッドに縛られることになるんだろう?矢駄ね。もう下がった」
「下がったなら計ってもいいだろ?」
「ふんっ」
機嫌を悪くした二之宮は洸祈を無視してベッドからそろそろと出ようとする。洸祈は溜め息を吐いてその手を掴むとベッドに押し倒した。そして、長袖の下から手を入れて脇に体温計挟み、腕を押さえ付けて無理矢理計らせる。
「崇弥!放せよ!」
洸祈は無視する。
それから1分。音を鳴らして完了合図をした体温計を洸祈は二之宮を押さえ付けたまま見た。
「38.2…全然下がってない」
「僕は動かずじっとするのが嫌いなんだよ!今日は薬草を仕入れるって2週間前から決めてたんだ!」
「…………」
疑いの目で洸祈は二之宮を見下ろす。二之宮はごくっと生唾を飲み込んだ。
「二之宮を看病する身として俺は二之宮に無理矢理睡眠薬を飲ませるか悩んでいるんだ」
白いカプセルの入った瓶。洸祈はそれを振った。
「脅しかい?」
「脅しじゃない。二之宮には二択あるんだ。これを飲まされて強制的に眠らされるか、大人しくベッドで俺に優しく看病されるか。どっちがいい?」
「…………………」
必死に顔を二之宮は叛ける。
「よし、強制的に寝てもらうしかないか」
その抵抗にあっさりと洸祈は二之宮を正面向かせた。洸祈は二之宮の口を開かせようと顎に手をかけるが彼は口を開かせない。
「しょうがないな」
カプセルを口に含むと二之宮と唇を重ねた。そして、人工呼吸で喉に空気を通させる要領で頭をあげて薬を二之宮の口に押し入れた。後は口を閉じさせて待てば…
「んぐっ」
二之宮が薬を下したのを確認すると洸祈は手を離した。
「速効性が高いから直ぐ眠くなるよ。全く世話を焼かせるな。ちぃは大人しく寝るのに」
「僕は役者だから。崇弥のキスが欲しくて薬を拒む振りぐらい出来るんだよ」
二之宮は表情を変えて満面の笑みを見せる。
まんまと嵌められた。
「はぁ!!!?寝てろ!!!!!」
「君のキスは遊杏風に言うとえっちぃね」
「喋んな!」
「さてと、崇弥が優しく看病してくれるようだし、大人しくするか。あれ?崇弥?僕は童顔君と同じで脱がす方が好きなんだけど」
「バカ!」
「僕には市販の薬は効かないよ。そのせいで一度病気にかかると治るのに時間がかかるんだけどね」
「ほら」
「あふ…っ…ひょっと……ふぁって…よ」
熱々のお粥を愉しそうに語る二之宮の口に入れた。彼は身を捩らせて耐える。
「最後の一口だ」
そう言って洸祈は赤い実を素直に開けた口に入れた。
「―!!!!」
「ただの梅干しだろ?体にいいんだぞ?」
二之宮は口を押さえ、背中を曲げて痙攣する。
「また演技か?」
空の丼を掴み、種を出すと洸祈をベッドに引き摺り込んだ。
「何するんだよ!」
「確かに梅干しは体にいいけど、僕は大っ嫌いなんだ」
「杏の料理にけちつけるのか?」
「どうして?言っただろ、梅干しは体にいいって。僕の好みより健康を取ったんだよ。優しいのさ。そこは置いといて、口直しをしたいんだ」
口直し。
それは長いキス。
ぐいっとどうにか二之宮を離すと熱い頭を強く撫で付けて布団に押し込んだ。洸祈は急いで遊杏の作った朝御飯を食べると盆を持った。
「帰ってくるよね。大人しく出来なくなっちゃうよ」
無視。
バタンッ
ドアが勢いよく閉じた。
「怒っちゃったのかな……ちょっと清には刺激が強すぎた?」
バタンッ
ドアが勢いよく開いた。
「トランプ……いや…寝てて」
顔から水をし垂らせた洸祈がふらふらとベッドに近寄った。
「眠り飽きたからトランプしよう。その前に……」
二之宮はちょうど近くにあったタオルを掴むと洸祈の顔を拭いてあげた
「う~」
洸祈は真っ赤な顔してされるがままだ。
「清、昨日出来なかったお話しよう?」
二之宮の真剣な顔に洸祈は直ぐに表情を変えた。
「狼……」
「寒いだろ?僕の隣においで」
「うん」
「訊きたかったこと。答えて。君の声で」
「あの日…」
小刻みに洸祈は体を震わせた。狼は慌てて言葉を探す。
「清、無理しないで…僕だって思い出したくないんだから。いいよ、やっぱり訊かない」
「俺が狼の重みになっているなら言わなきゃ…」
あの日の自分を…
「助けて欲しくなかった」
タスケテホシクナカッタ
「あ…それは…」
二之宮は呆然とした瞳を見せる。口が空気を求めて開閉する。
「僕は―」
「でもね。本音は助けて欲しかったんだ。
大切な人が守れるなら自分はどうなってもいい。そう思ってる。狼が助かるなら俺は炎に壊されてもいいって。
あの日、俺は炎に自分の部屋に来いって言われた。もう狼のもとには帰らせないって。帰ったら狼に何が起きるか分からないよって。だから、俺は炎に従おうと思った。
なのに、俺はトイレに行くって言って俺達の部屋に帰ってた。狼が俺の体洗って手当てしてくれて…俺はいつの間にか狼に助けを求めてた。炎の言う通りたぶらかしたのは俺だ」
「違う!僕が―」
「ここからが俺の答え……ありがとう」
………ありがとう。
それが清の答え。
「確かに俺は激痛に苛まれ、壊れたかもしれない。ううん、狼が助けようとしてくれたから…俺に勇気をくれたから……俺は今の俺に戻れた。俺は壊れなかった。もし、狼が俺を助けようとしてくれなかったら……多分、俺は死んでたよ。狼は俺を助けてくれた………ありがとう」
洸祈は二之宮の腰にぎゅっと抱き付いた。二之宮は脱力すると体を倒した。
「狼?」
「あー疲れた。一気に疲れた」
抱き付く洸祈の頭を撫でるとゆるゆると目を閉じた。
「長年締め付けてきた糸が切れたようだよ」
「ごめん」
「いや、崇弥洸祈に会って清に再会してかなり経つけど言い出せなかった僕のせいさ。恐くて訊き出せなかった。でも…これで」
「?」
「僕は清を見ることができる。もっと顔見せてよ」
二之宮は洸祈の頬を両手で挟むとにこりと笑った。涼しい笑顔。
「恥ずかしいよ」
「清は可愛いんだよ?かっこよくもあるけど。昔よりも…銀髪君には勿体ないくらいに。お兄ちゃんとしては弟を他の男には渡したくないなー」
「狼はお兄ちゃんだね」
洸祈もにこりと笑い返す。
「清、お兄ちゃんに何でも言うといいよ」
「じゃあ……」
一息吐くと……
「眠って」
「へ?」
「弟の言うこと何でもするんだろ?おら、二之宮、早く寝ろ。寝て治せ風邪引き」
「逆手に取るなんて!生意気な弟だ!!」