二之宮(4)
「……んっ…………」
洸祈が小さく唸って寝返りをうった。幼さの残る顔が二之宮の方を向く。
「清と同じ寝顔」
二之宮は洸祈の柔らかい髪を鋤く。洸祈は擽ったそうに首を竦めた。
「炎に部屋に閉じ込められて一週間…やっと出させてもらって会えた君は死んでいるようだった。ただただ目を開いて、命令に従う。ロボットのように…君は可愛いと言うより美しくなっていた。心がなくなっていた。清、今でも僕はあの時の夢を見る。そして選択を迫られるんだ。君を助けるか目を逸らすか。僕は目を逸らしてみる。けどね、結果は変わらないんだ。最後には君は僕を虚ろな瞳で見詰めてくる。
やめてくれ。
見ないでくれ。
どうすれば良かったんだ。
僕はそう叫んで飛び起きる」
洸祈の頬を二之宮は手の甲で撫でた。
「君は僕はどうすれば良かったと思う?」
答えてよ、清。
僕を解放してよ。
「!?」
洸祈の手が二之宮の腕を掴んで引いた。
視界が回転し、目を開ければ上体を起こした洸祈がいた。ちょうど二之宮は洸祈に膝枕をしてもらっている格好だ。
「清」
「その名前は君と同じで過去に封印した。でも、君がそう呼ぶなら今だけ俺は崇弥洸祈ではなく清だ。だから俺は、君を二之宮蓮じゃなく狼として見るから……狼」
あぁ、清がいる。
「清…清…君に会いたかった」
「うん」
洸祈は二之宮の髪を撫でる。
「俺も会いたかった」
「清…君が夕霧と共に逃げたと聞いたとき嬉しかった。でも、怖くもあった。夕霧も炎と同じじゃないのかって」
「陽季は…!!」
「あぁ、違う」
そっと二之宮は言う。泣く赤子をあやすようにそっと。
「夕霧は君を心から愛してくれる。君が求めるものを持っている。僕にはないものを」
「狼!」
そんなこと言わないで。そう言って洸祈は二之宮の頭を抱く。
「お日様の匂い。清…」
「?」
「ここで一緒に暮らさないか?」
間近にある洸祈の上唇を二之宮は啄む。
「あの部屋、本当は君の為に作ったんだ。期待しても無駄だと思った。もう清には会えないと。でも、それでも君がいつか僕の目の前に現れると信じて」
二之宮は啄むのをやめると洸祈の首を引いて強くキスをした。洸祈もそれに着心地なく応えると離した。
「………ごめん。あの家は琉雨と皆の帰る場所だから。俺がいなきゃ、ドアを開けられない」
そして、洸祈も二之宮の上唇を啄み返した。そして、二之宮の頬をゆっくりゆっくり撫でる。
「皆に来てもらうのは?」
「そんなの駄目に決まってるやろ!」
ドアの前に由宇麻が肩を上下させて立っていた。
「俺は崇弥達皆がいる用心屋に帰りたいって言ったんや!」
『一緒に帰ろう』
洸祈が由宇麻に言った言葉。
由宇麻は部屋に入ると人様の家であること関係なしに洸祈目掛けてベッドに飛び込んだ。
「そうやろ!行かんよな…」
全ては洸祈の意志で動く。由宇麻は両目を潤ませて必死だ。
「行かないよ」
「うぅぅ」
滲む涙を由宇麻は手の甲で何度も拭う。
「…それよりもや!!…………んーと…な……ごくっ……なんで陽季君が居りながらキスするんや!」
「なんで陽季とのキス知ってんだよ!!司野も隠れ見てたのか!?」
「司野も?なんや、蓮君隠れ見たん!?」
「話がぐだぐだだから一旦止まってくれない?」
二之宮が尤もなことを言ったので二人は黙った。
「僕が一つずつ答えてあげよう。僕は銀髪君と…崇弥の熱烈なキスを車の外から蝶々を通して見た。隠れ見たのは蝶々だよ」
もう、清と狼は終わり。
二之宮は上体を起こすと、洸祈の頭を撫でた。名残惜しそうに洸祈は目を細める。
「でだ、僕が崇弥とキスしたのは昔の習慣さ」
「しゅ、しゅーかん!!?」
由宇麻が目を見開く。
「俺と二之宮は幼い頃からの知り合いで……」
助けを求めて洸祈は二之宮を見た。二之宮はほぅと息を吐くと今度は荒く洸祈の頭を掻き回した。
「二之宮!?」
「朝の挨拶だよ。久しぶりに会ったから懐かしくって、な」
「そ、そうそう」
実際は違う。
朝の挨拶どころじゃなかった。
キスをただの行為として二人はやっていた。何度も何度も数え切れないぐらい。
館で生きる人間にとってはそういうものなのだ。
「それで、君が銀髪君と崇弥のキスをどうして知っているんだい?」
「そんなの見れば分かるやろ」
分からないよ。
「じゃ、童顔君、朝御飯にしようか。それで呼びに来たんだろ?」
「そうや!早くせーへんと遊杏ちゃんに食べられてまう!!」
なんやかんやで遊杏とは仲良くなったようだ。
「崇弥、まだ疲れてるだろ?寝てるか?」
「もう少し寝る」
「先行ってるで」
由宇麻が部屋を勢いよく飛び出した。バタンと大きな音発てて扉が閉まる。
「僕も行かないと。崇弥……いや、清。君と一緒に暮らすのは諦めるよ。そうそう…」
「うん?」
「一つ言いたいことが……」
キスが上手になっているのは銀髪君のせい?
「――!!!!」
洸祈は顔を真っ赤にして布団に潜る。二之宮はにやりと笑むと布団をひっぺ剥がした。
「うん。かなり上達してた。もう一回どう?」
「矢駄!」
「真っ赤。銀髪君とキスした時も真っ赤。ちゃんと返してあげるんだよ、清」
「うー」
「可愛い、可愛い。覚えてる?」
二之宮は急に真剣な顔をする。
「さっきの。聞いてただろう?僕の一人言…夜来てよ。訊きたいんだ答えを……他にも色々ね。せーい」
と、直ぐに表情を崩した。
「絶対矢駄!」
「来てくれないなら行くしかないか…童顔君の横であることないこと、清の赤裸々な話をしようか」
「っ~~!」
「肩の調子も見るからね。お休み、清」
「お休み、狼」