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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
思い出に… 【R15】
89/139

二之宮(2)

「留守番頼んだ」

「うん。いってらっしゃーい」

店の前まで千里(せんり)は見送りをする。振った手はぴんと伸びていた。

それもその筈、土産は駅前の団子屋の御手洗団子だからだ。

「お団子よろしくー。ばいばい遊杏(ゆあん)ちゃん」

「せーちゃん、ばいばーい」

無理矢理抱っこしてもらった遊杏は千里に手を振り返した。

「あー重っ」

「レディに失礼だー!」

「いって、殴んな」

「洸、レディには優しくね」




「ボクチャン家まで…レッツゴゥ!!」

「俺の休日がぁ」

よれよれのジーンズ。

しわくちゃのTシャツ。

ぐしゃぐしゃの髪の毛。

噛み殺した欠伸。

司野由宇麻(しのゆうま)は貴重な休日に慣れない運転をしていた。助手席にはかなりのハイテンションの少女、遊杏。

後部座席には伸びて気持ち良さそうに寝ている崇弥洸祈(たかやこうき)がいた。

由宇麻は回想する。

休日は寝るに限る。

折角だからと前日はお酒を飲みつつ映画鑑賞を夜更けまでやっていた。そして今朝、目覚まし時計を切り、酔いも手伝ってぐっすりと眠って2時間もしない内に彼らはやってきた。

いつかのようなピンポンの連打。パジャマにちゃんちゃんこを羽織った由宇麻が半分寝惚けてドアを開けると向かいの用心屋店主と居候中の遊杏がいた。

彼らはずかずかと入ると由宇麻の衣服をひっぺ剥がし、取り込んだままの服を着せた。

そして現在だ。




車を二之宮が客用に契約している駐車場に止めると、三人は二之宮の家に向かう。

「なんで司野が付いてくるんだ?」

「人の休日台無しにしといてよく言うわな!」

Tシャツだけの由宇麻は身を縮めて洸祈を睨んだ。

「どうどう。落ち着きなよ、どうちゃん」

由宇麻よりも薄着の遊杏は軽やかに跳ねる。

「どうちゃん?何それ」

「童顔のどうちゃん!」

「無邪気だな」

由宇麻の気にしていることをアダ名とするのだから。遊杏は一度呼び方を決めると絶対に変わらない。たとえ本人がどれだけ嫌がってもだ。

「崇弥の方が可愛いわ」

「気色悪いこと言うな」



「にー、にー、にいぃぃー!」

インターホンを鳴らせばいいのに…

でかい邸宅玄関前。由宇麻は口をあんぐりと開けた。

「どこかのお坊ちゃんなん?」

「いや、二之宮の趣味が入りきるようにするためさ」

「趣味?」

この広さを必要とする趣味。それは…

「お医者さんごっこ」

「ごっことは失礼だね」

くすんだ金髪。同じ金色と紺のオッド・アイ。

「にー!ただいま~」

「おかえり、遊杏」

そう言って抱き付く遊杏の頭を撫でた。

「早速診てやるよ」

「ミル?何をや?」

「この子誰?」

ひょっこり洸祈の背中から顔を出した由宇麻。彼を見て二之宮は首を傾げた。

「三十路過ぎ。勝手に付いてきた」

「随分と崇弥に可愛がられてそうだね。ロリコンの枠にばっちり入ってる。ま、いっか。崇弥、僕は午後から仕事が入ってるから」

「あぁ。お邪魔する」

「お邪魔してねー」

なんて意味の判らない言葉で遊杏は二人に手招きした。

「でかいわ~」

「初めて友達の家来てびっくりする子供みたいだね」

二之宮は遊杏に何か耳打ちして廊下を進む。

「崇弥、行こう」

「ん」

「どうちゃん、オヤツにしよっ」

二之宮と洸祈はそのまま奥へ。由宇麻は遊杏に腕を掴まれて部屋に引っ張られる。

「崇弥、何処行くん?ミルって何なん?」

洸祈は足を止めない。

「どうちゃんは駄目」

遊杏は強く由宇麻を引っ張り込んだ。

「遊杏ちゃん!放してぇや!」

その言葉を最後に部屋のドアは閉まった。


「ふあぁぁ、眠いな。崇弥、あの子とは一体どういう関係?」

「どうって。向かいに住んでるお節介さん」

地下へと続く人一人分の細い階段で二之宮は洸祈に訊ねた。

適当に考えた話題。

暇潰しだ。

「僕にはロリコンで同姓愛者傾向の君にただの童顔のお向かいさんがいるとは思えなくてね」

「本人は俺のお父さんだってさ」

「ふーん。お父さんね」

会話はそこで終了する。


地下室。

乾燥し、薄寒い。言うならば冷蔵庫の様なものだ。

大量の薬草に薬品。

お医者さんごっこが趣味の二之宮のお気に入りの部屋。

「ふーん」

アルミのテーブル。魚屋の台のようだ。

そこに洸祈は上半身を晒して座っていた。二之宮は老眼鏡を掛けて洸祈の右肩をじっくりと診る。

「崇弥、肩見たんだろう?」

二之宮が目を細めて肩を凝視して訊く。

「風呂入った時に否応なしにな」

「触ってもいいか?」

「よくないっても触るんだろ?」

「僕は君みたいな触り魔じゃないよ。狭い車内で髪を整えるふりしてキスしないし」

……………………………………。

「隠れ見てたのか!?」

「蝶々がね。僕の予想だと痛むんじゃないか?触ると」

その通り。

「分かってるなら―」

「触るか」

二之宮の指先が洸祈の肩に触れた。

「っぁあ!!!!」

激痛が洸祈の体を貫く。堪らず洸祈は二之宮の手を払った。その時、二之宮の老眼鏡に指がかかり、壁に飛ぶ。カシャンと音がして床に眼鏡が落ちた。

「崇弥、明日まで仕事休めるか?」

眼鏡の生存を確認しながら訊く。

「“休め”?」

「“休めるか”だ。君次第ってこと」

「……………休める」

「いい判断だよ」





マフィンは時に凶器になりうる。

「うぐっ」

「はいはい。どんどん食べてー」

遊杏に無理矢理連れていかれた由宇麻はオヤツと言う名の地獄の奉仕をさせられていた。

「っ…遊杏ちゃん…俺、そんなに…一気には…食えんのや………っぐ」

「食べて、食べて、お帰りになってね~」

「遊杏、まだ帰せてなかったのか?」

遊杏の行動を二之宮はやんわりと止めた。由宇麻は口を動かしながら洸祈の姿を探す。

いない。

由宇麻は慌ててマフィンを下すと立ち上がった。

「お帰りですか。遊杏、送ってあげて」

「いー」

何処?

「崇弥は何処や?」

「崇弥はここに泊まらないといけないから」

背中を遊杏が押すが由宇麻は動こうとしない。

腹立つ。

「何処やって訊いてんのや!」

「貴方には関係ない」

「俺は崇弥の保護者や。理由あんなら崇弥に訊いてから帰る」

二之宮は肩を竦めるとあからさまな溜め息を吐いて由宇麻を見下ろした。

「崇弥洸祈の父親は崇弥(しん)。母親は崇弥(りん)。双子の弟は崇弥(あおい)。君は誰だ?」

由宇麻は言葉に詰まる。

洸祈と由宇麻は従兄弟でも叔父でもない。

「俺は…………」

「ただのお向かいさんだろう?」

そんなの…………………

由宇麻は言い返せない。

違うって言いたいのに言葉が出ない。

「二之宮、司野は俺の家族だよ。確かに血は繋がってないけど…家族だから」

と、右肩に包帯をがっちりと巻いた洸祈がドアを開けて部屋に入ってきた。

「崇弥、君が彼に信頼をおいているのは分かる。でもね、そういう関係は君の足枷にしかならないんだよ。足に重石を付けていたら君は光を掴めずに深く沈む。気付いた時には何も見えない。そして、寒さも何も感じない闇の中で君は苦しみ続ける。僕のように…」

(ろう)…」

言葉が無意識の内に零れていた。二之宮はキッと目を細めると洸祈を睨む。

「やめてくれ。僕は二之宮(れん)だ。その名は僕の中で封印したんだ。銀髪君とは違うんだよ………僕は仕事に行く。崇弥、そこの童顔君の始末は君に任せたよ。ただし、貸せる部屋は一つしかないからな。遊杏、崇弥で遊ぶのは勘弁してくれよ。体力はなるべく温存させときたいから。崇弥は分かってるな。テレビでも見て大人しくしてろよ」

「あぁ」

俯く洸祈を不機嫌そうな顔で見て、コートを翻すとドアを開ける。一人明るい遊杏は手を振って二之宮を見送った。

「行ってくる」

「いってらっしゃい、にー」

バタン

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