二之宮
「杏、メンテナンス。二之宮に今日中にって頼まれたんだから」
「おー!ひゃ~引き摺られるぅ」
「旦那様、コーヒー用意しときますね」
「んー」
バタン。
その言葉と共に簡易台所の奥の扉が閉まった。
用心屋従業員でさえ立ち入り禁止のこの部屋は四方を様々な物が並ぶ棚で囲まれている。
コンクリートの床中央に描かれた幾何学的な図。
洸祈が遊杏の為に、二之宮の言うメンテナンス用の基礎構築を改造して造った陣だ。
「おら、早く脱げ」
洸祈は遊杏を放すと近くに放置してあった椅子に座った。
「くぅちゃんのごーかんー」
強姦と連呼しながらも遊杏は布1枚でできたワンピースを脱いだ。一糸纏わぬ少女のみずみずしい肌が露になる。薄暗く寒い部屋に彼女の姿はまるで月のようだった。
「なんで下に何も着てないんだかな」
「くぅちゃんのエッチぃ」
何処も隠そうとせずに洸祈を正面から見た。遊杏にとって自分の裸が見られることに羞恥は感じないのだ。遊杏に合わせて言い換えるなら自分の体に関心がない。だからこそ二之宮がいる。
「あっそ」
軽く洸祈は受け流した。
「杏、準備いいか?」
「オーケーだよー」
靴も脱いで裸足になった彼女はひたひたと床を鳴らして陣の中央に立った。
洸祈は椅子から立ち、棚に置いてあったナイフを掴むと陣の近くに膝を突いた。
「メンテナンスを開始する」
開いた左手のひら。洸祈はそこをナイフで一閃した。直ぐに血が溢れ出てきて陣の上に落ちる。その手を気にするでもなく陣に突いた。
「解析」
洸祈の言葉と共に陣が白く光り、遊杏の紺の瞳が黒く光を失った。そして、床を流れる洸祈の血は白い分子と化しては消える。
「解析終了」
輝きを失った機械のような声が遊杏から発せられた。
「構成」
それを聞くと洸祈は目を瞑った。
光は白から青へ。
無重力状態のように長い髪が宙に揺れ、陣の光を遊杏の肌は反射した。
「構成終了」
遊杏は返す。
「交換……っ」
ぐらりと傾く視界に洸祈はどうにか耐え、魔力の安定に集中する。不安定な魔力は遊杏の命を危険に晒す。
「…交換終了……通常起動します」
遊杏の瞳は青く光を取り戻し、反対に陣はじわじわとその光を消した。
何事もなかったかのように遊杏はワンピースを着ると後ろを振り返った。
「くぅちゃん、今日の夕食はなぁに?……くぅちゃん!」
頭を押さえて椅子に寄り掛かる洸祈を見て遊杏は目を真ん丸くする。
「っ……あぁ。杏、異常はないか?」
「うん。疲れが取れてすっきりしたよー。くぅちゃんは大丈夫ー?」
「ちょっと、な。気分が優れない」
「ふらふらならボクチャンがお手々引いてあげるよ」
「一人で歩ける」
遊杏の差し出された手を一瞥し、洸祈は覚束無い足取りでドアに向かった。そして開けてやる。
「お疲れ様、杏ちゃん。ココアあるよ」
「おう。うーちゃんありがとー。くぅちゃん、オヤツタイムだ」
長い袖をぷらぷらさせて遊杏は琉雨に手を振り、洸祈に抱き付いた。そして、さりげなく洸祈を支えてやる。
「シュークリーム、俺の一個やるよ」
そんな遊杏の優しさに洸祈は跳ね毛の頭を撫で繰り回した。
「ひゃっほー。くぅちゃん太っ腹ー」
「あれ?ルーのシュークリーム一個増えてるような」
「気のせいだろ」
洸祈は感謝を込めて琉雨にもシュークリームを一個あげた。